眠りの森のシンデレラ
琶子はスッと立ち上がると、清の隣に座り、幼子を抱き締めるように、清をギュッと抱き締める。
「言葉を吐き出すたび、苦し気な表情を浮かべないで下さい。どんな言葉も愛情の上に成り立っていると知っています」
琶子の声が次第にナナの声に代わり、ドグンと清の胸が音を立てる。
「貴方の言葉は愛情の裏返しだということも知っています。だから、最後の日の言葉に、何の恨みはありません。もし、貴方の心に悔恨の気持ちがあるなら、今すぐ捨てて下さい。それより、幼き頃と同じように愛しく思って下さい……妹として……」
言い終わると、琶子は清の背中を優しく撫でた。
『琶子が呪縛を解いてくれる……幸せになって』
ナナの言葉が清の心に木霊する。
琶子……出会い……運命……キーパーソン……。
胸の片隅に残っていた氷塊が溶け、流れ出す。
それを清の心が穏やかに見つめる。
八年を経てこの本に出合ったのは、もしかしたら、成長したコイツと出会うためだったのかもしれない。そう考えると、苦しみ抜いた八年が愛おしく感じられた。
「ナナちゃんが……今言ったことは書かなくてもいい、忘れてって言ったの。でも、私は忘れることができなかった」
何故なら、忘れて、と言った彼女の本心を知っていたから。
「……ありがとう。忘れずにいてくれて」
清の腕が琶子の体を抱き締め返す。
二人の様子を見ていた裕樹が、コホンと咳払いする。
「あのさあ、人のラブシーン見る趣味ないから、帰るね」
「ああ、帰れ!」
シッシッと追い立てる清に、裕樹は苦笑いを浮かべ、悪戯っぽく琶子に言う。
「さっきの、僕と琶子ちゃんの秘密にしておいてね」
そして、片目を瞑り、シーッと人差し指を自分の唇に置く。
琶子はコクリと頷く。
「秘密って何だ!」
途端に反応する清に、裕樹が意地悪く言う。
「さあねっ、秘密だから教えない」
「ユウキー!」
清の怒りをスルーし、じゃあね、とヒラヒラ手を振り、スッキリと穏やかな顔で、裕樹は眠りの森を後にする。