眠りの森のシンデレラ

チッと清は舌打ちし、レクサスを運転する。
結局、あの後、清は皆に説得され、渋々、今日の入籍を見送った。

「運転できたんですね。国産車って珍しいですね」

助手席から琶子は清の顔をマジッと見る。

「お前は失礼な奴だな。当然だ。俺にできないことはない」
「榊原さん、元旦から怒っていると一年中怒っていなきゃいけませんよ」
「それより、何故、結婚しない」
「……」

無言の琶子に、フンと鼻を鳴らし、応戦するように清も無言で運転する。
傍から見れば、子供の喧嘩だ。

行先は清の両親とナナが眠るところ。
琶子の提案で、お墓参りを済ませてから初詣に行くことになった。

「お前は俺を弄んでいるのか?」

すっかり拗ねてしまった清だが、沈黙に我慢できず、ムスッとしながら琶子に突っかかる。

「さかき……清さん、イジケ虫ですか? ちょっと可愛いです」

琶子が照れながら、突然、前振りもなく清の名を呼ぶ。
あまりの驚きに、清は急ブレーキを踏み、路肩に車を停める。

「おま、お前、今、名前呼びしたのか?」
「はい。結婚したら同じ苗字になるので、今朝、そう呼ぶことに決めました」

一年の計は元旦にあり。
琶子は新年の誓いに五つの誓いを掲げた。これがその一つだ。

「驚いて心臓が口から飛び出そうになった。催促しようと思っていたが……」
「呼び慣れないので、つっかえると思いますが、しばらく辛抱して下さい」
「お前って、突拍子もなく……本当、驚かせてくれるな、全く、参るよ」

ハンドルを握る清の手がプルプル震える。そして、盛大に噴き出し、アハハと大笑いを始める。

「笑う門には福来るだな。そうか、名前呼びか、いいもんだ」

すっかり機嫌の直った清は、再びアクセルを踏む。
浮かれて、今にも鼻歌を歌い出しそうなほどだ。

「こんなスッキリした気分で墓参りに行くのは初めてだ」

間もなく墓地に着くというところで、清がしみじみ言う。

「琶子、お前のお陰だ。お前が俺の恐れを払拭してくれた」
「私の恐れは……まだ、完璧には払拭されていないけれど……」

琶子は清の横顔をジッと見つめる。

「少しずつ改善されている、と思います。だから……一緒にいてくれますか、ずっと……」

清は駐車場に車を停めると、シートベルトを外し、琶子の方に身を乗り出しキスをする。

「あ、永遠に一緒だ」

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