眠りの森のシンデレラ
「こちらです」
案内されたのは、レジ近くの本棚。そこに見慣れた背表紙がズラリと並ぶ。そして、その前方には『今ある』と、最近出版した『遥かなる遥な道』が平積みで並んでいた。
琶子は少し照れ臭くなり、頬をピンクに染め、はにかみながらソッと背表紙を撫でる。
「あのぉ……」
その様子を見ていた店員が、琶子におずおずと声を掛ける。
「貴女も彼女のファン……ですか?」
「あの……えっと……」
どう答えたらいいやら、と琶子が思案していると、店員が『今ある』を手に取る。
「僕、大ファンなんです。この本のお陰で再起できたんです。進む道を諦めず継続し続け、やっと新人賞を受賞し、本を一冊出すことができたんです。この本は僕にとって、人生のバイブルです」
琶子がポカンと聞いていると、店員は慌てたように頭を下げる。
「あっ、すみません。僕、ペラペラ勝手にしゃべって。何だか凄く貴女に聞いて欲しくて。本当は、著者である近江琶子先生に申し上げたいのですが……本当にすみません」
「あっ、いえ、気にしないで下さい。あの、新人賞と出版おめでとうございます。これからも頑張ってください」
琶子の励ましとお祝いの言葉に、店員は満面の笑みを浮かべ頷く。
「はい、作家だけで食べていけるように、継続して書き続けます。琶子先生のように。では、失礼します。ごゆっくり」
琶子は店員の背中をジッと見送り、その背に「私のように……」と呟く。
その小さな呟きは、琶子の耳から胸に届く。
裕樹も『この本のお陰で生きてこられた』と言ってくれ。でも、あれは当事者故の感想だ。
しかし、今回は全く関係のない第三者。純粋な読者だ。込み上げる嬉しさに、琶子の胸がいっぱいになる。