眠りの森のシンデレラ
眠りの森のキッチンは、温かで静かだ。
登麻里も薫も昨夜からの夜ふかしのせいで、今夜は早めに就寝する、と自室に戻った。
あれから清は、市之助と連絡を取ろうとスマホを操作するが、何度試みても避けているかのように、全く通じない。すでに二十二時を過ぎている。夜十時に就寝する市之助が、電話に出る可能性は、もうない。
「勘のいい祖父さんだ」
スマホを睨み付け、膝に頭を乗せ眠る琶子の髪を優しく撫でる。
「眠ったのか?」
「ああ、疲れ切っていたからな」
「それでどうする気だ?」
金成は手に持つ毛布を琶子に掛けながら尋ねる。
「祖父に連絡がつかない。だから、直接、小鳩園に行き話を聞く」
「じゃあ、俺も行こう」
「ああ、コイツも心強いだろう」
清の視線が琶子に向く。
「お前の話を聞き、納得した。市之助氏が隠していたなら見つかる筈がない」
金成ほどの男が手を尽くしても見つからなかった……かぁ、全くあの祖父さんは! 隠れん坊でもしているつもりか! 清は呆れてものも言えないと、溜息を付く。
「……だが、様子が変だった」
清は書店で見た母親の様子を思い出す。
「もしかしたら……若年性のアルツハイマーかもしれない」
何となく金成は分かっていたようだ。驚きもせず、軽く頷く。
「病院に入所した当初、お袋さんは錯乱状態にあった。それが落ち着くと……当時、まだ四十二歳だったが……確かに、その兆候はあった。だから医者が経過を見ていた」
「なるほど。経過を見ていた……か、祖父はその精神科の病院がお気に召さなかったのかもな。あんなことがあっても恩人の娘だからな」
「だから小鳩園に移したっていうのか?」
小鳩園は、日本でも五本の指に入ると言われる、名医揃いの小鳩総合病院が展開する施設だ。
「だろう、あのジジイのすることだ」そう答える清に、「そんな理由で!」と金成は顔を歪める。
「だからといって、拉致するように移転させ、移動先を俺にも伝えないとは言語道断だ。訳が分からん。本当に心配していたんだぞ」
「それが祖父だ」
清が諦めの溜息を付く。
金成は、分かっちゃいるが、と言いながら、腹立たしさは収まらないらしい。
「飲むか?」と立ち上がるとワイン貯蔵庫に向かう。
この時間から? いいや、と頭を振り、清は「うわばみのオヤジさんに付き合っていたら、施設に行けなくなる」とキッパリ断る。
「あっ、そう」と金成は別段気にした様子もなく、地下室の扉を開ける。
金成が貯蔵庫に消えると、清はスヤスヤ眠る琶子の髪を優しくすく。
「大丈夫だ。俺がいる。安心して今夜は眠れ」
そして、眠り姫にキスを一つ落とす。