眠りの森のシンデレラ
「何だか俺はメチャクチャ疲れた」
金成はそう言いながらも、晴れやかな顔をしていた。
自社ビルに帰る、という金成を金成不動産の本社ビルで降ろし、清と琶子は眠りの森に向う。
「辛くないか?」
突然、清が訊ねる。
「母のあの姿を見たのですから、辛くない、と言えば噓になりますが、胸の奥底にあった黒い塊はなくなりました。今、スッキリと気分がいいです」
「ならいいが」
清は深く安堵の息を吐く。
「孟母三遷か、本当にそうだな。子供は周囲の影響を受け易い。環境は人を作るという。お前は俺の母親とナナに出会い、金成や眠りの森の住人たちに囲まれ育った。いい環境だったんだな」
琶子もそう思っていた。
「私は幸せ者ですね。今、ちゃんと幸せの意味が分かった気がします」
「お前は、もっと幸せになれる。俺と一緒なら絶対にな!」
あまりにも自信溢れる言葉に、琶子はフフッと笑を零す。
「清さん、ありがとうございます」
「お前は何度礼を言うのだ」
ハンドルを握りながら清も笑う。
「何度でも言いたいんです」
琶子は拗ねたように口を突き出す。
「フーン、俺は言葉より態度で示してもらいたいと思っているのだが」
「態度? 例えば?」
琶子は運転席の清を見る。視線を感じた清はニヤリと笑い、頬を指差す。
「ここにキスとか?」
琶子は真っ赤になりながら速攻で却下する。
「ダメです! 運転中です! 危ないです!」
その必死振りに、清はアハハと大声を出し笑う。
「本当にお前は面白いな」
ひとしきり笑った後、清はチラリと助手席に視線をやり、ニヤリと笑う。
「だが、眠りの森に着いたら、却下は聞かないからな」
朝、降っていた冷たい雨は止み、澄み切った夜空に星が輝く。
温かな車中に明るい笑い声。
琶子は幸せを嚙み締めながら、ソッと呟き微笑む。
「眠りの森に着いたら、ご指示通り、頬に、キスして差し上げます」
その呟きが聞こえた清は、バカか! それだけで済む筈ないだろう、と妖しく笑む。