眠りの森のシンデレラ

「……だから、琶子も惚れ直したんじゃない?」
「あらあら」

薫と登麻里は大いに盛り上がっていたが、琶子は二人の雑談が聞こえないほど緊張していた。

「はい、これを飲んで」

見兼ねた薫がテーブルにハーブティーを置く。

「ほらほら、リラックス、リラックス。見てご覧なさい」

薫がモニターに視線を送る。琶子もつられて、そちらを見る。
KTG出版百周年記念イベントは、すでに第一部が始まっていた。

「司会の鳳居京之助、カッコイイと思わない? 醤油顔代表の彼にはクローバーも負けるかもよ?」

少しでも気が紛れるようにと薫は話題を振る。

モニターに映し出された会場では、薫が言うところの醤油(?)の鳳居京之助が功労者を読み上げていた。

琶子は内心、やっぱり清の方がカッコイイ、と思ったが、今ここでそれを口に出すのは、やぶさかではない気がして黙っていた。

「あのさっぱりとした唇、堪らなくセクシーだわ」
「薫は醤油顔が好物だものね」

登麻里の言葉に、薫はポンと手を打つ。

「あっ、だからだ! 今、分かった。イケメン好きの私がどうしてクローバーに触手が動かないのか! 襲う気ゼロなのか!」

襲う? 物騒なことを言い出す薫に琶子はギョッとする。
頭に浮かんだインドの女神カーリーの姿に薫が重なる、イヤイヤと頭を振ると、すぐさまそれを退散さす。

「塩とソースと砂糖だからだわ」

塩? ソース? 砂糖?
三人とそれらを結び付け、ああ、なるほど、と今度は琶子も頷く。
おまけに、その表現があまりにもピッタリなので、思わず笑みを浮かべる。

「あらっ、琶子が笑った!」
「その調子! その調子!」

薫と登麻里がニッコリ微笑む。

さり気ない優しさ。二人はいつもそうだ。グッと胸に熱いものが込み上げ、涙で瞳が曇る。
それを誤魔化すように、琶子はカップを手に取るとハーブティーをゴクリと一口飲む。

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