眠りの森のシンデレラ

違う、違う! こんな雑談をしに来たんじゃない。
全く、コイツと話していると調子が狂う。
清は苦笑いを浮かべ、本来の用件を口にする。

「則武から伝言だ。第二部トークイベントの招待者は八千名。会場に入れる数だ。厳選なる抽選で選ばれたファンたちだ」

何故、今、それを教えるのでしょう?
やっと落ち着いたと思ったのに……。
琶子はその数の多さと『ファン』という言葉に、また緊張がぶり返す。

恨みを込めた目で清をひと睨みし、想像する。
丑の刻参りのような出で立ちで、彼等の胸にクサビを打つ姿を……。

清は悪寒を感じたが、話を続ける。

「応募ハガキは、KTG出版から発刊されたお前の新書『極楽子猫』の購入者に手渡された。ちなみに、応募期間は十二月二十日から一月二十日までの一か月」

全く寝耳に水だった。そんなことが裏で行われていたのか……。
琶子は則武のしたり顔が浮かび、思わずそれを握り潰し、手で丸め、ゴミ箱にポイする自分の姿を思い浮かべる。

「で、これにより、『極楽子猫』は発売一か月にして累計発行部数三十万部を突破した。お前への関心の高さが証明されたわけだ」

あっ、そうそう、と清は話を付け加える。

「今回の招待客は、親戚友人でさえ著書購入を義務付け、公平を重んじた、と則武が言っていた。で、当選ハガキには高額なプレミアムがついたそうだ。値段を聞きたいか?」

悪戯っぽく訊ねる清に、ブルブル激しく頭を振り拒否する琶子。
そんなの恐ろしくて聞けない!

聞けば聞くほど、訳の分からない展開になっていく現状に、琶子はクラクラと眩暈を覚える。

「何だ、お前は自分の価値がどれだけか気にならないのか? だから自己評価が低いままなんだ」

ブチブチと文句を言う清に、琶子が言う。

「……生み出した本たちは我が子も同じなので、とても大切です。著書に運命を感じ、手に取り、読んで下さった方々には感謝します。ですが……」

言葉を切ると、琶子は数秒目を閉じ、どう言ったらいいのだろう、と言葉を探す。

「……それはお一人お一人に思うことで、数字には関心ありません。あの、私、何を言っているのでしょうね」

フフッと琶子が強張った笑みを浮かべる。
結局、欲がないということだな、と琶子の話を清は結論付ける。

「まぁ、とにかくだ。会場には八千名しか入れない。だが、あまりの関心の高さに、急遽ネット配信することになった」

清が一番伝えたかったことはこれだった。

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