眠りの森のシンデレラ
会場の片隅で、緊張しながら琶子の姿を見守っている薫と登麻里は、ようやく力を抜くと椅子の背に身を預けた。
「だいぶん柔らかくなってきたわね」
「本当、何やってんだか! だわ。後世までの語り草になるわよ」
二人は先程の様子を思い出し、吹き出しそうになり口元を押える。
そう、それは第二部が始まってすぐのことだった。
司会進行は一部に続き、二部も鳳居京之助だった。
著名なアナウンサーを前に、ガチガチに固まった琶子は完全に舞い上がっていた。故に、自分のトークイベントにもかかわらず、観客の前で彼に「サイン下さい」と言ってしまったのだ。
観客たちは幻の作家琶子を、三度のスキャンダルのみでしか知らない。
そして、そのスキャンダルには、必ず榊原清の姿があった。
それ故、様々な憶測が飛び交い、多くの者たちは、氷の王子をも虜にする妖艶な美女、と琶子のことを思っていた。
だが、現れたのは、まだ童女の名残ある可憐な少女だった。
そして、彼女は超天然だった。
会場はたちまち、笑いの渦に包まれ、彼女の話を聞くにつれ、和やかで温かな雰囲気となっていった。
「十六歳で『今があるから明日も』通称『今ある』で、センセーショナルなデビューを果たした近江琶子先生ですが、何故、今までお姿を隠されていたのでしょう」
ガイド役の鳳居京之助が訊ねる。
琶子は、後見人兼代理人である金成の話をする。彼が、いかに愛情いっぱい庇護していてくれたかを……。
「ちょっと見て! 鬼の目にも涙?」
登麻里は、斜め前に桃花と座る金成を顎で指す。
金成は潤んだ目をソッと親指で拭っていた。
「失礼ね! 金蔵様は鬼なんかじゃないわよ」
そう言いながら、薫もグスグスと鼻を鳴らす。