眠りの森のシンデレラ
「清さん、寝たんじゃないんですか?」
「寝る準備をしに行っただけだ」
「じゃあ、私も準備をして寝ます」
捕獲された琶子は、引きずられるように清の自室に入る。
「私、もう眠くて。だから、お話なら、明日聞きます」
大きな欠伸を繰り返す琶子の頭を清はヨシヨシと撫でる。
「分かった。ああ、寝よう」
琶子を抱きかかえ、清はそのままベッドに横になる。
「ちょっちょっと、清さん!」
「大丈夫。何もしない。こうやってお前の温もりを抱き締め、眠りたいだけだ」
「違います! ちょっとどいて下さい。歯磨きです。虫歯になります」
琶子は清を押し退け、洗面所に向かう。
「お前は、ムードの欠片もないな」
清はドアにもたれ、鏡越しに琶子を見る。
シャカシャカと来客用に置いてある歯ブラシを動かし、口周りを真っ白な泡でいっぱいにした琶子の姿は、今までで一番無防備に見えた。
グジュグジュっと口をゆすぎ、ペッと吐き出し、タオルで口を拭くと、琶子はフンと清を小さく睨む。
「清さんだって……人のこと言えないです」
「俺はロマティックの塊だ」
「……指輪。ポイッって渡した」
琶子は鏡越しに清を見る。
二人の視線が鏡越しに重なると、清がクッと笑う。
「お前……可愛いな」
琶子の背中からお腹に手を回し、清がギュッと琶子を抱き締める。
「大丈夫だ。心配するな」
優しい声が琶子の耳元で囁く。
ハテ? 今の台詞で合っているのだろうか?
琶子は会話の流れに違和感を感じる。
ここは普通、素直に「ごめん」じゃないのだろうか?
分からない人だ。
清の手を解き、振り向くと、「ほら」と何故か琶子にパジャマを渡す。
不思議に思う琶子に「お前の部屋から持ってきた」と何でもないように言う。
琶子は「泥棒」と言いながら、清をドアの外に追い出し、鍵を閉めるとパジャマに着替える。
「婚約者に向かって泥棒ってなんだ!」
ドアを開けると、案の定、待ち構えていた清が文句を言う。