眠りの森のシンデレラ
「ここがキッチンよ」
登麻里がドアを開けた途端、甘く優しい匂いが水希の鼻をくすぐる。
うわぁ、と水希の顔が明るくなる。
「あら、カワイ子ちゃんの登場だわ」
薫は大きな苺がたくさん乗ったケーキの皿をテーブルに置く。
テーブルには、他にも、クッキーやマカロン、ゼリーやプリンなど、目にも美味しい手作りスウィーツが幾種も乗っていた。
「ごきげんよう、水希。私は桜井薫。よろしくね」
チュッと水希の頬にキスをする。
「薫さん、ダメですよ。いきなりそんなことしちゃ。水希ちゃんが、ビックリしているじゃありませんか」
ロイヤルミルクティーをカップに注いでいた琶子が、慌てて注意する。
水希は自分の思いを代弁してくれた、この綺麗な人は誰だろう、と琶子を見つめる。
琶子はティーカップを三つと、オレンジジュースの入ったグラスをテーブルに置き、水希の前に立ち、登麻里と同じように身を屈めると、縫いぐるみを握る水希の手を両手でキュッと包み込む。
「こんにちは。眠りの森の琶子です。よろしくね。水希ちゃん」
一直線に結ばれていた水希の唇が、優しい琶子の笑みに、つられるように弧を描く。
眠りの森の住人たちは、水希の感情の変化を読み取り、ホッと胸を撫で下ろす。
「さあ、座って、座って。遠慮しないでね。召し上がれ」
薫の声で、皆は席に着く。
「水希、今、苺のケーキ切ってあげるね」
「薫さん、癒しのケーキシリーズ、今度全種ここで作って下さい」
「琶子、ちょっとはセーブしなさい。お腹の子より貴女がデブるわよ」
琶子はお腹に手を置き、手に持つマカロンをソッと皿に戻す。
「アハハ」と水希が突然笑い出す。
「お姉ちゃん、見掛けは、眠りの森のシンデレラみたいだけど、中身は悪戯好きの妖精パックみたい」
「妖精パックは新たな例えね」
登麻里も薫もつられて笑い出す。
んー、もう! と言いながらも、琶子も笑みを浮かべる。
ドアの陰から、その楽し気な様子を見つめる金成と清は、シェルターが不要になるその日まで、この温かで平和な空間は我が身に変えても守る! と固く心に誓う。