眠りの森のシンデレラ
琶子の大きな瞳が美しく煌めく。
そう! そうよ、この場面はこの台詞よ!
閃いた、とばかりにカチャカチャとキーを叩く。
清は純真無垢な瞳に、一瞬、吸い込まれそうになり、ブルンと一回、頭を振ると確認のため訊ねる。
「君は近江琶子だね。作家の」
「……エエ……王子様」
清は琶子の答えに呆れた笑みを浮かべる。
まだ夢の中か……ならば、といきなり彼女の目前でパチンパチンパチンと三回指を鳴らす。
琶子の長い睫毛が数回上下する。
「どうだ、目覚めたか? 俺は王子ではなく榊原清という者だ」
「……あの……生きている本物の人間ですか?」
琶子の表情は当惑気だが、彼女の瞳を覗き込む清もまた、当惑気に激しく脳細胞を動かす。
この女は何だ! どんな答えを期待しているのだ? 質問の意図は?
資本主義社会の中で富裕層ピラミッドの頂点に立つ、企業家であり投資家でもある清の眼に、想像世界に生きる作家琶子が異星人に映る。
だが……と清の心に悪戯心が芽生える。
冷徹な仮面が剥がれ、その顔がやんちゃで明るかった少年の頃のように、生き生きと輝き出す。
「フ~ン、ゾンビや亡霊とでも言って欲しいのか?」
清は自分の魅力を熟知していた。
それをどう使えば、自分の強みになるかも良く知っていた。
腰を折り琶子の目前に顔を近付け、やにわに彼女の手を取り握ると、その掌を自分の頬に当て、耳元に唇を寄せ囁く。
「どうだ。温かいだろ。残念だが生身の人間だ」