眠りの森のシンデレラ
「薫さんが……えっと、眠りの森の同居人で、パティシエなんです。作ってくれたスウィーツです。あっ、これで手を拭いて下さい」
琶子がポケットタイプのウエットティッシュを差し出す。
清は一瞬、躊躇したが、言われるがままそれを一枚引き抜く。
コイツは俺のテンポを崩す。
小さな頃から、清は指図する側にいた。
こんな小娘の命令に従うとは……と妙なくすぐったさを覚え、抓んだウエットティッシュに目をやる。
『幸せになってね』っか、心に沁みるような声だった。
幸せ……何が幸せなのだろう? 清は隣に座る琶子に目をやる。
スウィーツを前に屈託のない笑みを浮かべる琶子。
清はその笑みに、しばらく感じたことのなかった温もりを感じる。
それは初春の柔らかな日差しのようだった。
氷が溶けていく……清はそう思った。
「どうかしましたか?」
ボンヤリする清の顔を琶子が覗き込む。
「いや」と清は誤魔化し、手を拭きながら唐突に訊ねる。
「どうして人前に出ない」
一瞬、何を言われたのか分からず、琶子は首を傾げる。
しかし、今日の会合の事だと理解すると、ちょっとした疑問が沸く。
さっきから感じる、彼の失礼極まりない威圧的な態度は癖?
もしそうなら、この無礼な態度を憤るのはお門違いかもしれない。
少し考え、ウン! と自己解決すると琶子は素直に答える。
「えっと、未成年で作家デビューしまして、その時、金ちゃん、あっ、金成さんが露出するなと……成人してからは、女性の露出は危険だからと止められて……今日も嫌なら出なくていいと……」
理由は半分以上本当だが、根本的な理由は他にもあった。だが、それを清に言う気に琶子はなれなかった。
「理に適っているが……あの金成がねぇ……」
金成は昔から女にモテた。だが、自己のスタンスをしっかり守っていた。
奴の辞書には、『来る者拒まず去る者追わず』はあっても、『永遠の愛』は載っていない。よって、しつこく迫る女はバッサリ切り捨てる。そんな冷酷な面も持ち合わせていた。
清は改めて琶子を見る。美しく聡明で大人っぽかったネネとは全く違う。
まるで卵から孵ったばかりの雛のようで、今まで見たことのないタイプだった。
なるほど…庇護欲を掻き立てられる。清がニヤリと笑う。
金成がこの娘のガードを固くするのも無理ない。何となく清も金成の気持ちが分かるような気がした。