眠りの森のシンデレラ
「ここは長いのか?」
仕事以外で清が他人に興味を示すのは珍しい。
「えっと、眠りの森に来て……」と琶子は指を折る。
「十二年になります」
母親が眠りの森をシェアハウスにしたのは……と清も心で指を折る。
嗚呼、十三年前だ。それまで、ここは家族だけの場所だった。
清は十六歳から両親が亡くなるまでアメリカに居た。
その間一度だけ此処を訪れたことがある。ナナに暴言を吐いた日だ。
その日の記憶が蘇る。
あの日ナナは、この場所で、いつものようにブランコに乗っていた。
美しい容姿に比例せず、ナナはお転婆だった。
真っ白いスカートの裾を翻し、立ち漕ぎ姿でブランコを揺らしていた。
そして、その足元に一人の少女が座っていた。
少女はブランコのロープをしっかり握り、ナナを見上げていた。
その顔は笑顔だったが、何故かとても儚げに見えた。
もしかすると……清は少女の面影を探すように琶子を見る。
嗚呼、やっぱりそうだ。あの少女だ! 間違いない!
そうか……あの子が近江琶子だったのか……。
これも母の言う運命か……。
ナナを見つめたであろうその瞳を、清はジッと見つめる。
琶子もその瞳をジッと見つめ返す。
髪と同じ漆黒の瞳……深海のように暗く冷たく……寂しい。
琶子の目に、その瞳が『美女と野獣』の哀しき野獣の眼に見えた。
横柄な態度は、苦悩に満ち、哀しさを秘めた心を見せないため?
琶子は思わず手を伸ばし清の髪に触れる。
そして、母親が幼子の頭を撫でるように、優しくその頭を撫でる。
少しでもその痛みがなくなれば……と。