眠りの森のシンデレラ

清はその行為に驚く。
何だコイツは! 俺を恐れないのか? 怖いもの知らず? 馬鹿……?

「エット、榊原さんは甘い物は苦手ですか?」

琶子は涙袋を膨らませ、慈愛に満ちた笑みを浮かべる。

「薫さんのお菓子を食べると、魔法使いがテンと杖を振ったように、嫌なことも、悲しい事も、不思議と忘れ、幸せな気分になります。だから是非、召し上がって下さい」

魔法の杖? 嫌なこと、悲しいこと……忘れる? 幸せになれる?
清は呪文のような言葉を心で繰り返す。

琶子はロイヤルミルクティーを、カップとポットの蓋に注ぎ、カップの方を清に手渡す。

マイセンとポットの蓋……清は二つを見比べる。
そんな清の目前に、いきなりピンクのマカロンが現れる。

何だ! と見ると、琶子がニコニコとそれを差し出していた。

これを食べろと言っているのか?
これが幸せの魔法だと言うのか?

清はジッとマカロンを見つめ、フッと悪い笑みを浮かべる。

フーン、なら食べてやろう。幸せとやらを!
表情を変えることなくマカロンに口を近付け、直接それを銜える。

琶子はエッ! と驚く。そして咄嗟に思う。
もしや、これは恋愛映画でよくある甘い「ア~ン」シーンでは……と。

清は琶子の反応を見ると、さり気なさを装い、わざと琶子の指に口づける。

琶子はビクッと身体を震わし、慌ててマカロンから指を離す。
そして先ほどの思いを即座に否定する。

イヤ甘くない! 今、抱いた感情は、明らかに恐怖だ!

なるほど、と琶子は現状況を冷静に分析する。

恋愛関係もない無表情の人が「ア~ン」シーンを実行すると、恐いんだ、事実は小説より奇なりだ! これは小説に使える、と心の手帳にメモ書きする。

そこで、ハッと思い出す。
おー、そうだ、ピーちゃんだ!

昔、傷ついた小鳥の世話をした。
恐る恐る餌を与えていたら、いつの間にか懐かれた。

ああ、そうだ今のシーンは『餌付け』だ。
ストンと腑に落ちると、琶子の顔に笑みが浮かぶ。

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