眠りの森のシンデレラ
東棟に位置する清の部屋も、他と同様、昔と変わりなかった。
掃除の行き届いた居心地良い空間で、清はソファに横たわり、しばし微睡む。
夢うつつに聞こえる蝉の声。その声に混じり、トントンと新たな音が混じる。
来たか、と清が思った途端、返事を待たずガチャとドアを開き、コーヒーの香りが部屋に漂う。
「訪ねて来るんじゃなかったのか? で、ご用件は? 坊ちゃん」
覚醒し始めた意識に、止めだ、といわんばかりに野太い声が清の耳に届く。
やれやれ、と清は顔をしかめ、目を開け、ドアの方を見る。
相変わらずの似非紳士面に太々しい態度。そして、服越しでも分かる五十二歳と思えない鍛え抜かれた嫌味なボディー。
「坊ちゃんは止めてくれ。もう、そんな年でもない」
清は観念したとばかり、ノロノロと身を起こす。そして、大きく伸びをし、声の主である金成に、そこに座れ、と向かいのソファーを顎で指す。
「そうかぁ? ズット変わらぬこの部屋同様、俺から見れば、お前さんは相変わらずガキだが。おや、その顔は怒ったか」
金成は豪快に笑うと、小脇に挟んだA四版の封筒をテーブルの端にポンと投げ捨て、トレーに乗ったコーヒーカップを清と自分の前に置き、腰を下ろした。
いつもの憎まれ口。この親父はいつもこうだ。俺を怒らせては大笑いし、それを楽しんでいる。クソ意地の悪い狸親父め!
そう思いながらも、清は心の奥深くでは金成に感謝していた。
喜怒哀楽を失くした彼に『怒』を蘇らせたのは金成だ。恕を吐き出す度、心が少し軽くなり、その度に現実を見つめ、息ができるようになった。