眠りの森のシンデレラ
「愛読書。そうだよ、初版本だよ、いいでしょう。サイン貰おうと思って」

「フーン、珍しく一緒に来たと思ったら、そういう訳か。料理以外、興味無しのお前がおかしいと思った。でもな、恋愛本にサインって、乙女かっ」

則武はクッと笑いながら、裕樹の首に腕を回すと「愛い奴め」と、もう片方の手で栗色の髪をガシガシまさぐる。

「ちょっ、ストップ! あのね、僕は純粋に近江琶子のファンなの。五年前、君が『今ある』に目を付け、版権所有の出版社を買収し、作品を映像化した時、伊達にトップ気取ってないなぁって、生まれて初めて君を尊敬したくらいね」

裕樹は頬にエクボを浮かべ「君も彼女の本に魅了された一人でしょ」と悪戯っぽく笑う。

則武は忌々しそうにチッと舌打ちし、「ああ、そうだよ」と軽く頷き、人差し指を裕樹の鼻先に突き付ける。

「男からの甘い告白も嫌いじゃないが、更なる尊敬を求めて止まない俺としては、今日という日を成功という二文字で飾りたい。だから協力しろよ!」

「わかっている。百周年記念イベントの対談ゲストに琶子を引っ張り出すんでしょ。彼女に会えるなら協力は惜しまないよ」
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