眠りの森のシンデレラ
「大丈夫だったのか? 母とナナが亡くなった時。彼女、ショックはなかったのか?」
「ああ、それは勿論。一時塞ぎ込んだよ。だが、アイツは書くことで、哀しみを昇華できるようになっていた。奥様は琶子の才能に早くから気付いていたようだ。アイツが大作家になるってな。だから、いろいろ教えていたよ」
「母らしい」
「ああ、でも恋愛経験もないアイツが恋愛小説を書いているんだ」
クックッと笑いを噛み締め、話を続ける。
「奥様から『世界の中心は愛』だとアドバイスされたそうだ。で、最強の愛は恋愛から生まれるから、妄想でも何でも恋をしなさいと言われたらしい」
ガハハと笑い、金成はコーヒーを一口飲む。
「妄想で恋って……本当に可笑しいだろ!」
恋愛経験が無い……だろうな。
清は琶子の姿を思い出しクッと唇の端を上げる。
「後遺症が残った。出られないんだ……この場所から。……だから、妄想でしか恋愛できない……相手がいないんだからな……」
笑いを浮かべながら、哀し気な表情で金成はコーヒーを啜る。
外に出られない理由は金成の庇護だけではなかったのか。なるほど、そちらが根本的な理由か。それにしても、と清は考える。妄想恋愛、か……。
琶子の姿を思い出し、清は不敵な笑みを浮かべる。
ならば、リアルに恋愛をさせてやろう。
そして、また考える。
誰と? この俺と……か?
『守るべきものができたら、男はもっと強く優しくなれる』
父の言葉を清は思い出す。
まぁ、何にせよ、母とナナが関わった娘だ。
彼女の行く末は俺が引き継ごう。
清の愉し気な様子に金成がニヤリと笑う。
引っ掛かったか……と。