眠りの森のシンデレラ
父親が会社勤めだった頃、琶子の家庭は平和で穏やかだった。
しかし、商売人の子だった父親には『起業』という野望があった。
だが、プライドばかり高い研究者肌の父親だ。起業したとしても成功する筈もない。
案の定だった。独立したはいいが、借金ばかり増える一方で、日に日に家庭はギクシャクしていった。
思い通りにいかない苛立ちから、父親が母親に暴力を振るうようになったのは、その頃からだ。
辛抱に辛抱を重ねた母親だったが、借金取りに襲われそうになり、とうとう耐え切れなくなり、知人の紹介で眠りの森に助けを求めた。
一緒に家を出た琶子は、そこで榊原風子とナナに出会った。
何冊も読んだ姫物語。そこに登場するお妃様とお姫様。二人はまさに、そのお妃と姫そのものだった。
悲壮な状況にもかかわらず、それはウットリする夢のような出会いだった。
あのまま何事も無く眠りの森に居られたら……と時々琶子は思う。
きっと今頃、母も一緒に平和に暮らしていただろう……と。
だが、父親がその儚い夢さえも壊した。
強引に連れ戻された挙句、優しかった母親まで醜い鬼にしてしまったのだ。
父親を憎いと思った。だが、琶子は憎み切れなかった。
微かに残る、幼き日の思い出が、そうさせなかったのだ。
鬼と化した母親は、琶子に言葉と態度で暴力を振るうようになった。そして、それはどんどんエスカレートしていった。
母親の不幸の捌け口になっても……それでも……琶子は耐えた。
フト我に返り、「ゴメンネ」と涙する母親が哀れで……愛おしかったからだ。