眠りの森のシンデレラ
だが、耐え忍ぶにも限界があった。
それから半年後、琶子は病院に担ぎ込まれた……瀕死の状態で……。
明るみになった父親の母親への暴力。母親の琶子への虐待。
途端にソッポを向く世間。
結局、プライドの高い父親は世間の眼から我が身を守るため、死という道を選んだ。そして、精神が崩壊した母親は、病院に入れられた。
身体の傷が癒えた琶子は、病院から一旦、孤児院に預けられたが、すぐ金成に引き取られ、眠りの森に移った。
幼さの残る琶子には、眠りの森が物語の世界にも似た、不思議な異世界に思えた。
その中で、誰に脅かされることなく、琶子はようやく安息の日常を取り戻した。
だが、ただ一つ、琶子を苦しめるものがあった。
それは、風と雨音のする暗闇。それが襲い来るたび恐怖し、涙した。
「琶子、大丈夫よ。私が守ってあげるから」
ベッドで泣くたび、風子は琶子を抱き締めそう言った。
「あのね、恐怖は弱い心が見せるまやかしなの。貴女の恐怖は何? どんな結果も原因があり、意味があるのよ」
負の心を拭い去れるよう、琶子自身に、その原因を追及させようとした。
「状況はどおあれ、貴女は眠りの森に来る運命だったの。それは抗えない定めなの」
そして、ここに居ていいんだよ、と諭し、居場所を作った。
風子の言葉は、わずか十歳の子供が理解できる台詞ではなかった。
だが、風子は相手が誰であろうと、一人の人間として対等に向き合う、そういう人だった。
「いつかその意味が分かる筈。だから、何事も恐れず、卑下せず、自分を磨き成長なさい」
風子は言葉だけでなく行動も規格外の人だった。
有言実行とばかり、ナナや金成を巻き込み、琶子磨きと称して、知識教養あらゆることを教えた。
その学びがあったからこそ……学校もろくに行っていない琶子が、『今があるから明日も』を書き上げることができ、更に作家という職も得られたのだ。
琶子は風子との出会いを感謝した。
だが、その出会いは、風子とナナには、悲劇の出会いだったのかもしれない、と二人の死に直面し、思うようになった。
そして、それも運命と呼ぶなら……悲運だろう、と思った。