眠りの森のシンデレラ
「お嬢さんは、どなたかな?」
その声は遠くから聞こえた。
物語の世界から現実に引き戻された琶子は、数回瞬きを繰り返し、エッと声の方を見る。
ホワイトライオン……?
その名に相応しい威厳ある老人が、こちらに向かってゆっくりと歩いて来る。
琶子は慌てて立ち上がった。そして、心の中で、誰だ、この人? と問い掛け、榊原さんは何処へ! とキョロキョロ辺りを見回すが、姿が見えない。
厳しい顔をした老人が琶子の前に立つ。
その威圧感に琶子は二歩後退する。
「……ごきげんよう。近江琶子と申します」
それでも自己紹介は大切だ、と声を上ずらせながらも礼儀正しく挨拶をする。
「近江……琶子……?」
老人は記憶を辿るように、琶子の名前を繰り返す。そして、思い当ったようにハッとし、クシャッと破顔すると、ガバッと琶子を抱き締め、叫んだ。
「OH! 琶子ぉぉぉ!」
状況が全く分からない琶子は、「キャッ」と悲鳴を上げ、目を丸くする。
「会いたかったよ! アイツが邪魔をするんだ! あの金成が!」
何! このフレンドリーな様は? 戸惑う琶子の耳に、ギリリと歯ぎしりする音が届く。
「だから、あんなシークレットみたいな……認定したのに……なのに……全然、情報が入らない……」
ブツブツ文句を言う老人は、かなり怒り心頭の様子だ。
老人の腕の中で、琶子は恐怖におののき、小さく固まっていた。そして、逆らわずこのまま、このまま、と呪文のように唱えた。