眠りの森のシンデレラ

「彼女とは古い知り合いだ。それにしても……お前……どういうことだ?」

市之助は清の腕に抱かれた琶子に目をやる。

「ああ、彼女は俺のです」

ハイ? 琶子は慌てて清の胸を押し返し、その胸から脱出しようと試みるが、清はそれを許さぬ! と更にギュッと力を込め抱き締める。

「ご紹介が遅れました。彼女は、先日からお付き合いしている、近江琶子さんです」

市之助の瞳が一瞬見開かれる。が、すぐに可笑しそうに笑む。

「ほう、なるほど、お前と琶子が……ねぇ。面白い。まぁ、せいぜい彼女に嫌われぬように」

清はその言葉に驚く。

市之助は清を溺愛するが故に、昔から清のプライベートに煩かった。
特に両親とナナが亡くなってからは、清にプライバシーなど存在しないかのように深く干渉した。特に清に近寄る女は徹底的に調べ、事前に駆除していた。

「……ということは、彼女とのお付き合い、お許し下さるのですか?」

「お前が見染めたのだろ。許さぬ、と言ったところで、止めるお前ではなかろう」

クックッと可笑しそうに笑う市之助の、あまりにも普段と違う態度に、鬼の顔にも笑顔? と清の心に違和感が生まれる。

琶子は何が何やら分からず、取り敢えず今日はこれでお暇しようと、「あの……」と口を開くが、すぐさま清の言葉に遮られる。

「琶子、夕食の支度ができた」

そこでまた、琶子はビックリする。
夕食? 一体、今何時なのだ……と。

琶子は読書に夢中になると、時間も忘れ、食事も忘れ、寝る間も惜しむ。

それが原因で『琶子、神隠し事件』『琶子、栄養失調事件』『琶子、ゾンビ事件』など奇想天外な事件が幾度も起こった。登麻里が名付けただけでも、その数ザッと三十はある。そして、その都度、眠りの森は大騒ぎとなるのだ。

嗚呼、またやってしまったのか! と琶子は腕時計を見る。
時間は六時半になろうとしているところだった。
二時間……今日はまだマシか、とホッと胸を撫で下す。

清は琶子から両腕を解くと、片手でその肩を抱き、ダイニングへとエスコートする。

そして、思い出したように、「アッ、お祖父さんもよかったらどうぞ」とついでのように誘う。その言葉に、市之助の怒りが爆発する。が、清に対してではない。

「おのれ金成! 今度会ったらただではおかぬ!」

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