甘い恋じゃなかった。
♡本音のマドレーヌ
それから数日が経ち、土曜日になった。
いつものように桐原さんは朝早くから仕事へ出かけて行き、よって家には私と愛良さん、二人きりだ。
洗濯物を干し終えリビングに戻ると、ツン、と独特の匂いが鼻をついた。
この匂いって…。
見ると、愛良さんがローテーブルの上に何色かのマニキュアを広げ、自分の爪と険しい顔で睨み合っている。
「マニキュア?」
「ちょっ」
突然話しかけられ驚いたらしい。愛良さんのハケを持った手元が大きく狂った。
「急に話しかけないでよ、ビックリするでしょ!」
「ごめんごめん」
謝りつつ、愛良さんの手元を覗き見る。
愛良さんの形の良い爪は鮮やかな水色に塗られていたが、お世辞にも上手とは言えない出来栄えだった。
あちこちにはみ出してしまっているのが遠目からでも分かる。
「やってあげよっか」
何事にもしっかりしていそうな愛良さんが見せた不器用な一面がなんだか微笑ましくて、そう言うと「はぁ?」と分かりやすくその整った顔を歪められた。
「まぁまぁ、これでも一時期ハマった時期があってさ、よくやってたんですよ」
「ちょっ…いいってば!」
あくまで頑なに拒否する愛良さんの手からハケを奪い取って、まだ塗られていない右手を手に取る。
塗り始めると、ようやく愛良さんは観念したらしい。大人しく私に右手を預けてきた。