甘い恋じゃなかった。
「…ちょっと。今、お兄のこと惚れ直したとか思ったでしょ」
「はい?」
ハッとしたように眉をひそめた愛良ちゃんが、険しい顔で私を見る。
「言っとくけどお兄は絶対アンタなんかにはあげないから!」
「いや、私は別に桐原さんのことは…」
「愛良?」
私は多大なる誤解を解こうと口を開いたが、それを遮るように愛良ちゃんを呼ぶ声。
振り向くと、愛良ちゃんと同じ制服を着て、愛良ちゃんと同じくらい、髪の毛が短い女の子が立っていた。
驚いたように、大きく目を見開いてこちらを見ている。
「…茉希」
愛良ちゃんも同じくらい驚いているように見えた。それと同時に、なんとも言えない、気まずい空気が充満していくのを感じる。
「愛良ちゃんの…友達?」
私の問いかけには答えず、愛良ちゃんは身を翻すとそのまま走り去っていこうとした。
「逃げんなよ、愛良!」
そんな愛良ちゃんを引き止めるように、茉希と呼ばれた女の子が大きな声を出す。
「いつまでも逃げんな。あんた、そんな軽い気持ちでバレーやってたわけ?」
「………」
「見損なったわ」
そして茉希さんは侮蔑の表情を残して、私たちとは反対方向に向かって去っていく。その姿は、人混みに紛れあっという間に見えなくなった。