甘い恋じゃなかった。
「だって…!」
「手を離せ川村。そいつは関係ねぇだろ」
「…は」
桐原さんの言葉に、サングラス男が速やかに私から手を離す。瞬間冷ややかな声が後ろから飛んできた。
「関係ないのはあなたでしょう」
まるで見るもの全てを凍らせてしまうかのような冷たい瞳で桐原さんを見据える彼女。まるで我が子に向けるそれとは、とても思えない。
「誰の許可を得てこの家の敷居を跨いでいるんです」
「うっせーな。そっちが愛良を拉致るからだろーが」
桐原さんが怠そうに頭を掻きながら身体を起こした。
「昔っからやることが強引なんだよ」
「あなたには関係のないことです。すぐに出ていきなさい」
「言われなくても出てくさ。愛良を連れてな」
そう言ってスタスタと愛良さんに歩み寄り、腕をつかんで連れていこうとする桐原さん。
「いい加減にしなさい!」
鋭く声を尖らせた彼女が、愛良ちゃんを無理矢理桐原さんから引き剥がした。そしてその勢いのまま桐原さんの頬を思い切りビンタする。
バチン!という音が響いて、「痛っ!」となぜか私が呟いてしまった。
「あなたは一体…一体どこまで私の心を乱したら気が済むの!?
ケーキなんてくだらないものに打ち込んで、何になるっていうの!?」
「…知らねーよ」
桐原さんが僅かに赤くなった頬をそのままに、冷ややかな瞳で彼女を見返す。
「ただ、あんたの言う“くだらない”ことが、俺の全てだ」