甘い恋じゃなかった。
「なっ…」
「それにこの家とは縁を切っても、愛良の兄貴までやめた覚えはねぇよ」
グイ、と愛良ちゃんの腕をつかみ直す桐原さん。
「だから大事な妹が傷つけられて黙ってられない。いくら親のアンタでもな」
そして顔を歪め桐原さんを睨みつけている彼女に背を向けると、今度こそ愛良ちゃんを引っ張り出口へ向かった。
すれ違い際に「何ボーッとしてんだよ」と私に目で合図をする。
慌てて桐原さんの後を追って部屋を出る。ドアが閉まる直前、彼女の怒りに燃えた瞳と視線がぶつかって、慌てて目を逸らした。
「すっご……!」
外に出て、はじめて自分の今まで居た場所の全様を目の当たりにし、圧倒された。
この家、物凄く、デカい。
いや、もはや家というより屋敷?博物館?
ていうか私、今更だけど物凄い人にタテついちゃったんじゃ…。
「何今更青ざめてんだよ」
そんな私に気付いた桐原さんが、隣からバカにしたような視線で見下ろしてくる。
「ていうか桐原さんて凄い人だったんですね…」
まさかこんな所のお坊ちゃんだとは。
本当に“王子”じゃん。
「別に凄いのは俺じゃねーし。勘当された身だしな」
ハ、と薄く笑うと私に「行くぞ」と促した。
「それにしても、桐原さんはどうしてここへ?」
「師匠がたまたま愛良と、気絶したお前が車で連れ去られるところを目撃したらしくて。サングラスに黒いスーツの男って言ってたし」
「なるほど…」
確かに、黒いスーツにサングラスをかけた男の人なんて、日常生活で見かけることはほとんどない。