甘い恋じゃなかった。
「うわ〜!それ食べたかったんですよ!!」
手を伸ばしてそれを取ろうとしたが、サッと桐原さんが高くあげて取れないようにする。
「ちょっ!下さいよ!」
「じゃぁ可愛いって言ったの取り消せ」
「えぇ?褒め言葉じゃないですか!」
「うっせーな、可愛いとか全然嬉しくねーんだよ」
くそ〜。これは取り消すまでマドレーヌにはありつけなさそうな雰囲気だ。
「分かりました!取り消します!桐原さんは可愛さのカケラもない超絶イケメンナイスガイです!これでいいですか?」
そしてバッとジャンプをし、今度こそマドレーヌをゲットすることに成功した。やった〜!
「お前…やっぱバカにしてんだろ」
桐原さんの鋭い視線には気付かないことにして、マドレーヌにかぶりつく。
ふんわり香る、バターとミルクの香り。
しっとりふわふわの食感。
食べ終わっても、優しいミルクの香りがいつまでも口の中で余韻を残す。
うーん…
「おいしい〜!」
ニンマリ笑うと、桐原さんがフンとバカにしたように眉をあげた。
「当たり前だ」
あぁ、ほんとに、何でなんだろう。
何でこの人の作るケーキはこんなに甘くて、優しい味がするんだろう。
こんなに、偉そうで、ぶっきらぼうで、普段は全然甘さのカケラもないような人なのに。
「…世界七不思議」
の一つに認定することにしよう。勝手に。
「なんか言ったか?」
「別に、なにも?」
夕日を背に歩く私たちの影が長く伸びていく。
なんか、ちょっとだけ、もういい大人だけど
青春っぽかった。