甘い恋じゃなかった。
会場に着くと、既に大勢の人で賑わっていた。
横目に屋台を見ながら桐原さんと人混みの中を並んで歩く。
「でも意外でした」
「何が」
「いくら師匠命令とは言え、桐原さんが本当に花火大会に来るとは」
「そりゃ師匠命令だからな。逆らえねーもん」
ふーん…。
「従順ですね、店長には」
「そりゃ師匠だからな」
「…桐原さん、何でミルフィーユで働こうと思ったんですか?」
「…は?」
桐原さんが怪訝そうに眉を顰めて振り向いた。
「なんだよ急に」
「別に。ただ気になっただけです」
そう言いつつも興味津々の瞳で桐原さんを見つめると、はぁ、とため息混じりに彼が口を開いた。
「衝撃だったんだよ」
「衝撃?」
「あぁ。あんなクソまずいケーキ作るお前に連れてかれたあんなちっさいカフェの、あんな普通のオッサンの作るケーキが、まさかあんなに美味いとは」
「へぇ〜。じゃぁ要するに、あんなクソまずいケーキ作る私のお陰ってことですね?」
嫌味っぽくそう言うと、桐原さんはフンと薄く笑った。
「うっせー」
よかった。あの時の私を手放しで褒めてあげたい。彼をミルフィーユに連れていってよかった。