甘い恋じゃなかった。





会場に着くと、既に大勢の人で賑わっていた。



横目に屋台を見ながら桐原さんと人混みの中を並んで歩く。



「でも意外でした」


「何が」


「いくら師匠命令とは言え、桐原さんが本当に花火大会に来るとは」


「そりゃ師匠命令だからな。逆らえねーもん」



ふーん…。



「従順ですね、店長には」


「そりゃ師匠だからな」



「…桐原さん、何でミルフィーユで働こうと思ったんですか?」


「…は?」



桐原さんが怪訝そうに眉を顰めて振り向いた。



「なんだよ急に」


「別に。ただ気になっただけです」



そう言いつつも興味津々の瞳で桐原さんを見つめると、はぁ、とため息混じりに彼が口を開いた。



「衝撃だったんだよ」


「衝撃?」


「あぁ。あんなクソまずいケーキ作るお前に連れてかれたあんなちっさいカフェの、あんな普通のオッサンの作るケーキが、まさかあんなに美味いとは」


「へぇ〜。じゃぁ要するに、あんなクソまずいケーキ作る私のお陰ってことですね?」



嫌味っぽくそう言うと、桐原さんはフンと薄く笑った。



「うっせー」



よかった。あの時の私を手放しで褒めてあげたい。彼をミルフィーユに連れていってよかった。




< 138 / 381 >

この作品をシェア

pagetop