甘い恋じゃなかった。
花火が終わり、その余韻も冷めやらぬまま、ゾロゾロと観客が一斉に帰り出す。
大勢の人が一気に移動し始めたものだから、当然ごった返すわけで。
「うわ…すごい人ですね…!」
「本当だな」
と言いつつ、人混みの中をいとも簡単そうにスッスと進んでいく桐原さん。
当然桐原さんが私の歩くペースなんぞを気にしてくれるわけはないので。
「きりっ…桐原さん!?」
あっという間にはぐれた。
どうしよう…!まぁ帰るところは同じだし桐原さんも家の鍵持ってるし、なんとかなるか…。
それにしても彼、家に着くまで私がいないことに気付かなかったりして。
そんなことを考えながら人混みの中で悪戦苦闘していると、どうやら酔っ払っているらしい、千鳥足のおじさんがドン、と思い切りぶつかってきた。
「きゃっ…!」
前を歩いていたカップルに思い切りダイブするのを覚悟したところで、誰かに力強く腕を取られる。
「お前鈍いだけじゃなく、トロいのな」
呆れた顔した桐原さんが、私を見下ろしていた。
桐原さん…!
「あ、ありがとうございます。気付いてたんですね、私がいないの」
「は?当たり前だろ」
桐原さんは怪訝そうに言って、私の手首をつかんだまま歩き出す。
「え、ちょ…」
「お前のペースに合わせてると一生帰れねぇ」
暑いし早く帰りたいんだよ、と面倒くさそうに言う桐原さん。
全神経が手首に集中して、つかまれている感触がなぜか、いやにリアルに感じる。
「…なに顔赤くしてんだよ?」
「!?」
不意打ちで振り向いた桐原さんが、ニタ、と意地悪く笑みを浮かべた。