甘い恋じゃなかった。
あれは入社一年目の夏。俺ははじめて、社内プレゼンに参加することになった。
社内限定の小さなプレゼンだったが、俺にとってははじめてのこと。しかも一年目での抜擢はなかなか例のないことらしい。当時可愛がってくれていた直属の先輩が、俺を買ってくれて、推薦してくれたのだ。
当然俺は意欲に燃えていた。
絶対成功させる。
そう決めて、一か月かけてコツコツと準備をした。
前日、出先から社内に戻る足取りは軽かった。
今日の業務はこれで終了だ。
あとは社内に帰って、明日のプレゼンの確認だけして、今日は早めに帰ろう。
そんなことを考えながら駅までの道を歩いていると、ふと、女性の悲鳴が聞こえた。
ただ事ではない雰囲気に反射的に目を向けると、小さな男の子がボールを追いかけ、道路に向かって飛び出していくところだった。
まっすぐ向かってくる車。このままだとぶつかる。
気付いたときには走り出して、男の子を抱きかかえ歩道に倒れ込んだ。
飛んできた母親が、男の子の無事を確認し、俺に何度も頭を下げ帰っていった。
ふう。我ながらいいことをしてしまった…。とりあえず、男の子が無事で本当によかった。
ホ、と胸を撫でおろしたとき。俺は自分がカバンを持っていないことに気付いた。
まさか…
背中を冷たい汗が流れる。
道路に目を向けると、そこには、車に轢かれた俺のカバンが見るも無残な姿になって転がっていた…。その中には、明日のプレゼンで使うUSBも入っていた。