甘い恋じゃなかった。
「ふーん、そんなことがあったんだ」
隣で牛奥の話を聞き終えた莉央が、感慨深げに呟く。
「全然知らなかった」
「まぁ、小鳥遊にわざわざ言うなって言われてたからな」
「もう!二人だけの秘密かよっ!」
バシンッ!と牛奥の背中を思い切り叩く莉央。痛さに悶絶する牛奥。
そんな牛奥を見て、莉央が不思議そうな顔をする。
「あれ?明里には背中叩かれて恋に落ちたんでしょ?」
「人をドMみたいに言うな!今の話のどこをどう聞いたらそうなんだよ!」
「冗談じゃん」
涼しい顔をした莉央が手鏡でメイク崩れをチェックしながら言う。
「まぁ、あの超絶イケメンな桐原さんに勝つのはなかなか難しいと思うけど。がんばれば?」
「テキトーだな…。同期なのに応援してくれねぇのかよ?」
牛奥が文句を言う。
そのとき、次の到着駅がアナウンスされた。莉央の降りる駅だ。
手鏡を鞄にしまい、立ち上がる莉央。
「バカじゃないの?」
そして牛奥を見下ろし、言う。
「人の恋愛は応援するものじゃなく、見て楽しむものだから」
「…は?」
「じゃ、お疲れ」
そして颯爽と開いたドアから降りていった。
「…アイツ、やっぱ只者じゃねーな」
残された社内で牛奥は呟く。
電車が発車する。
点々とした灯りが外を流れていく。
桐原さんは強敵だろう。そんなことわかってる。俺はあんなに格好良くないし、ケーキだって作れない。
でも絶対、俺の方が今、小鳥遊のことが好きだ。
それだけは自信を持ってそう言える。
だから諦めない。
諦めたらそこで試合終了だし、な?
明里からかけられた言葉を、今度は窓に映る、自分自身に言い聞かせた。