甘い恋じゃなかった。
「へっ変な冗談やめてください…!」
憤慨すると、す、と急に真顔になった桐原さんが私の手首をつかみグイ、と引っ張る。
「冗談じゃねぇけど」
「は…」
「目つぶってみれば?」
そして桐原さんの顔がゆっくりと近づいてくる。
今何がおきてるの?
こんな経験が1ミクロンもない私にはそんなことすら分からない。
ただ手首を強くつかまれているから逃げることもできなくて。私はギュ、と力強く目をつぶった。そして次の瞬間。
ふに。
私の唇に、固いような、柔らかいような、不思議な感触の何かがトンと触れた。
同時にふわりと甘い香り。
「口開けろ」
その甘い香りと、桐原さんの言葉に誘われるようにゆっくりと口を開いた。するとその何かが口に入ってくる。サク、とかじるとなんとも言えない不思議な感触と、ラズベリーの甘い香りが鼻腔をくすぐった。
これって…
「マカロン!?」
カッと目を見開き言うと、桐原さんがブハ、と吹き出した。なんとも今日は、珍しくツボが浅いようだ。
そんな桐原さんの手には、齧りかけのピンクのマカロンが。
「試作品」
「めっ…ちゃ、おいしいです!」
「当然。俺が作ったんだからな」
カシカシカシと口の中に残っていたマカロンをかじる。
外かカリッとしているのに、中はしっとり。ラズベリーのクリームの、やさしい甘さの中のほどよい酸味。
桐原さんが差し出してくれた残りのマカロンを両手で恭しく受け取った。
「ありがとうございます…!」
「大袈裟」
桐原さんが鼻で笑う。
からかわれたことなど、もうすっかり忘れてしまっていた。