甘い恋じゃなかった。
「…らくん?キララくん?」
気づいたら師匠が俺の名前を呼んでいた。距離の近さに驚いたが、その様子から、大分前から俺の名前を呼んでいたのだろうと察する。
「あ、すみません」
「珍しいね、キララくんがボーッとしてるなんて」
興味深そうに俺を覗き込む師匠。
自分の中に今あるわだかまりを師匠に読み取られるのが嫌で、俺は目を逸らす。
日曜日。午後五時半。
三時頃にピークを迎えた客足も今は落ち着き、ミルフィーユは落ち着いた雰囲気に包まれていた。
俺は手が止まっていた洗い物を再開することにする。
「キララくんはどっちがいいと思う?」
そんな俺に擦り寄るようにして師匠が聞いてくる。
「ケーキをお買い上げのお客様にキララ王子のハグ10秒か、キララ王子とフリートークタイム三分か…」
「嫌ですね」
「あぁ、やっぱりトークタイム三分は長いかな?」
「じゃなくて」
あぁ、もうどうしてこの人は。
「俺そんなアイドル活動みたいなこと絶っっ対にしませんから」
ケーキの味ではなく俺をダシに客を呼ぼうとしているんだろう。