甘い恋じゃなかった。
思わず一歩、後ずさる。
あんなにおいしいケーキを作った人とは思えない。やっぱりこの人、怖い。
「…だから、知らないって」
「知らないで済むと思うのか?」
そんなこと言われても知らないものは知らないんだもんー!!!という心の叫びはとても口には出せない。出した瞬間消されそうな気がする。
彼の威圧感に気圧されるようにまた一歩、後ずさる。桐原さんは私を睨みつけたままその距離を着実に詰めてくる。背に壁が当たって、あぁもう今度こそ本当にダメだ―――と思った刹那
グウ―――
桐原さんのお腹が、高らかに空腹のメロディを奏でた。
「………」
無言の桐原さん。
「………」
同じく無言の私。
「………」
真顔のまま立ち尽くしてる桐原さん。
「……何か食べます……?」
恐る恐る問いかけると、桐原さんがバンッ!とシンクを叩いた。
「ひぃっ!?」
「………」
桐原さんは無言でキッチンを出ていくと、リビングにドシッと胡坐をかき、ガシガシと頭を掻いた。どうやら猛烈に恥ずかしいらしい。
「…ふ」
なんだかちょっとだけ可愛く思えてしまった。