甘い恋じゃなかった。
ガガガガッ
ハンドミキサーで生クリームをかき混ぜる音が一人になった厨房に響く。
閉店後。師匠は姪っ子にクリスマスプレゼントを買いに行くんだと意気揚々と帰っていった。
俺は一人残って作業をしているわけだけど、どうにも集中できない。原因は分かってる。昨日から離れないんだ。
怒ってるくせに今にも泣き出しそうな、あいつの顔が。
カチャリとドアが開く音に顔を上げると、エプロン姿から私服に着替えた栞里が立っていた。
…まだ帰ってなかったのか。
「何してるの?」
不思議そうに俺の手元に目をやりながら栞里が聞いてくる。
「あー…ちょっとな。クリスマスケーキの試作を」
「クリスマスケーキ?もう一つ作るの?」
「…まぁな。売り物じゃねぇけど。食べさせたい奴がいるから」
「…そうなんだ」
栞里がもう一歩近づいてくる。
…突然栞里が現れた意味はよく分からない。
だけど俺よりもアイツに会いにきた感じだったし、特に俺に何を言うでも、何をするでもなく、驚くほどごくごく普通に接してくる。
…もう栞里にとって、俺とのことは過去のことで、俺だって過去の人間の一人に過ぎないのだろう。
…でも一番驚いたのは、こうしている、俺自身にだったりする。