甘い恋じゃなかった。
なんだか見てはいけないものを見てしまったような気持ちになって慌てて部屋を出た。
ベランダで二人分の布団を干しながらも思わず考えずにはいられない。
あんな桐原さんの笑顔見たことない。
あんな、幸せそうな桐原さん、見たことがない。
ほとんど物がない、殺風景な部屋に置かれた一枚の写真立て。
桐原さんはあれを見て、毎晩何を思っていたんだろう。
やっぱりまだ、お姉ちゃんのことが好きなんだ。
そこでハタと思いついた一つの可能性。
もしかして桐原さん、お姉ちゃんの行方を探しにいっているのかも―――
「お待たせ」
待ち合わせはロザーンジュホテル東京まで徒歩10分の最寄り駅。の、駅前広場。
現れた私を見て、先に着いていた牛奥が目を丸くした。
「お前、その格好――」
「え、何、やっぱり変だった!?」
家を出てくる前、いつものようにお気に入りのスキニージーンズに足を通そうとした私だったが、いやいや待て、あの高級ホテルの苺ブッフェだし、ちょっとカジュアル過ぎるのでは、と思い直し、急遽ひっぱりだしてきたちょっといい目の上品なワンピース。
昨年店頭で一目ぼれし購入したものだったが、正直ジーンズやワイドパンツなどのパンツスタイルの方が楽だし好きな私。
結局一度も袖を通すことなく一年近くが経過し、本日初着用なのだが―――
「着替えてくるわ!」
まさかそんなに唖然とされるほど変だったとは…!
慌てて引き返そうとした私だったが、「いやいや違うから!」と牛奥に止められた。
「家帰ってるほど時間ねーだろ?っていや、違う、そもそも変じゃない、全然変じゃないから!」
「でも今めちゃくちゃ茫然としてたじゃん」
「そ、それはあまりにもお前が可愛…」
ピシ、と顔を真っ赤にして動きを止めた牛奥。
「カワイ?」
「カワイ…可哀そうにならないくらいには着こなせてるから安心しろ!?ほら行くぞ!」
そして無理やり話を切り上げると、ギクシャクした動きでさっさと歩き始めた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
可哀そうにならないくらには着こなせてるって…それ全然慰めになってないし!
やっぱりあんまり似合ってなかったのか…。