すれ違い天使Lovers
白と白の出会い

「天使に課せられた使命は悪魔を駆逐し滅ぼすこと、知識を与え人間を正しい道へと導くこと、地球という星を護り維持すること、これらが全て神への信仰心へと転化され、天使という存在が盤石化される。いわゆる天使の支配という訳ではなく、あくまで人類や地球や天界まで全てを引っくるめた世界の調和を計るため、天使の存在理由が定義されており……」
 耳にタコが出来るくらい聞かされたお題目を再び聞かされ、辟易しながらミラは講義を受ける。背が高く腰まで伸びた綺麗な金髪が印象的で、隣に立つ同期のナナリィとは正反対となる。ナナリィは赤髪ショートボブで背が低く、いかにもお嬢様的オーラを発している。
 二人は女性ながら男性陣を押し退ける形で合格率の低い昇級試験を突破し、パワーズへとランクアップした。そして本日を以って、念願だった地上への討伐隊として抜擢される。
 新人天使は一度地上へ向かうと半年の実務経験後、再び天界へ戻り成果報告と真に適格者かどうかの判断をされる。判断基準は公にされていないが、常に天から神様が見ていると、子供に言い聞かせるような言葉で済まされてしまう。
「人間界での禁忌として、人間を攻撃しないこと殺めたりしないこと。悪魔と交渉しないこと取り逃がさないこと。人間の……」
 ミラは人間界へ降臨する際の注意点も聞き流し、間近に迫った人間界への降臨を空想する。長ったるい講義を受けると二人は天使門の前に立つ。ここから人間界に降りれば研修とは言え晴れて天使としての初任務が開始される。
「とうとうこの日が来たね、ナナリィ」
「本当ね。全ての天使がこのスタートラインを目指して頑張ってるんですもの。感無量ですわ」
「私は日本、ナナリィはイタリア。少し離れてるけど、お互いに任務を遂行し研鑽して行こう。半年後、真の天使と認められるために」
「ええ、お互い悪魔や人間に足元すくわれないように致しましょう」
「有り得ないって、私は無敵だ」
「剣戟では、ね。地上は誘惑で溢れた世界。どうぞ誘惑に駆られて堕天使化されぬように」
「ナナリィもな」
 ミラの言葉にナナリィは余裕の笑みを浮かべお辞儀をする。
「では、お先に失礼致しますわ。お元気で、ミラ」
 幾重にも重なる真っ白な雲の中に飛び込むナナリィを見送ると、小さな声で呟く。
「ごめん、ナナリィ……」
(私の目的はある人間の抹殺。堕天覚悟の降臨。もうお前に会うことはないだろう)
「首を洗って待っていろよ、八神玲奈。今から私が神に代わり直々に天誅を下しに行ってやる」
 悲しむナナリィを想像し覚悟が一瞬鈍りそうになるも、ミラも続けて雲目掛けて飛び出した――――



――東京、夏。高校生になって初めての夏休みも特筆すべきイベント無く虚しく終焉を迎え、玲司はイライラしつつ過ごす。避難したカラオケボックスも女子校生連絡網により特定されたようで、扉の外では女子がキャッキャと騒いでいた。
 この状況でも悠然とコーラを飲みつつ選曲している、先輩で現役アイドルの留真を見てキレる。留真とは幼なじみで兄弟のように育ち、互いの間には遠慮が全くない。
「おい、留真。どうすんだよアイツら。これじゃ半ば軟禁じゃねえか」
「そうだな~、とりあえず何歌う?」
「歌わねえから。なんで俺が現役アイドルの前で歌を披露しなきゃならねえんだよ。そっちが本職だろ?」
「いやいや、レイも大概カッコイイって。今度オーディション受けて見たら?」
「受けないって何度も言ってんだろが! つーか早く脱出しようぜ」
「どうやって? 外は俺のファンでいっぱいだよ?」
「光固(こうこ)で窓壊して出る」
「オイオイ、悪魔討伐以外で光集束使うなって。政府保証も使えないし、ママに怒られるだろ?」
「お前のママってどっちだよ。二人ともママみたいなもんじゃねえか。つーかママって呼び方止めろ! 俺に移るだろうが」
 制服姿で選曲本を眺める留真に文句を放っていると、玲司の携帯電話が鳴る。緊急性の高い着信音からして留真も顔付きが変わる。
「レイ、依頼か?」
「俺達が一番近い所らしい。画像からすると距離一キロ弱ってところか。池袋公園だな」
「それじゃあ、行きますか。本業のデビルバスターに」
「つーか、留真の本業ジャニーズだから」
 留真は光のオーラを体内から放出すると、光を拳に一点集中し固めた拳で窓枠を破壊する。二階から颯爽と飛び降りると玲司に早く来いと催促する。
「大人しそうな顔して、やることはいつも過激なんだよなコイツ。率先して光固使ってるし……」
 呆れながら留真に追随し玲司は飛び降りた――――


――池袋公園に到着すると野次馬が多数取り囲む中、大型の悪魔が道路標識片手に暴れている。十年前の大戦によりにデビルバスターが公務員指定されて以降、悪魔と天使の存在も世に知られることになり、町中の至る所で悪魔も見られるようになっていた。
 本来は視認できない存在だったが、大戦の影響により天界・魔界・地上界の境目が崩れ、普通の人間にも見られるようになる。時代の流れは怖いもので、天使や悪魔にも理知的で社交的な者もおり一般に受け入れられ、庶民としてまた芸能界にメディア進出している者までいる。
 一方、悪魔本来の本分に従い人間を食い物にする正統派も存在する。言わば、良い人間もいれば悪い人間もいるという解釈が、天使から悪魔まで広範に渡った結果が今の地上の現状と言えた。
 群集を掻き分け悪魔の元に来ると、悪魔の足元に倒れる天使が数人見受けられる。袈裟の色から判断するにアークエンジェルズだ。
「ただのザコじゃないっぽいな。留真は天使の救出と光集束での回復を、俺はその隙を作る。出来れば討伐する」
「素手で行けるか? やっこさん、全長三メートルくらいあるぞ?」
「多分イケるだろ。もう行くぞ」
 留真の返答を待たず、玲司は悪魔に正面から向かう。悪魔は当然ながら迎え打つ形で道路標識をフルスイングするが、玲司は右手の光固でガードし受け取める。止めた刹那、懐に飛び込み右足の光固で蹴り飛ばす。二百キロ近くはあろう悪魔はその蹴りで盛大に吹っ飛ぶ。
「わりと固いヤツだな。留真、今のうちに」
「了解」
 倒れる天使を救出していると、吹っ飛ばされた悪魔が額に怒りマークを付けて突進して来る。
「ヤバイな。アイツなんで怒ってんだ? ちょっと蹴っただけなのによ。反抗期ってヤツか?」
 変な冗談を言いながら古武術の構えを取ると左手に光を集め始める。道路標識が玲司に振り下ろされる瞬間、標識と玲司の間に流真が飛び込み、標識の流線をずらす。
「久しぶりに見たわ。橘流・流古(りゅうこ)。サンキュー」
 ニヤリとする留真が着地するまでの瞬間、玲司の左手からショットガンのこどく放たれる無数の光により悪魔は黒い煙を上げて消滅する。
「ま、ざっとこんなもんだろ」
 自慢げに語り光集束を解こうとした瞬間、野次馬の視線と顔付きで上空からの攻撃を悟る。その場から飛びのいた瞬間、大型の剣が振り下ろされ危うく難を逃れる。
「新手かよ。留真、大丈夫か?」
「大事な制服が土で汚れた。帰ったらママに怒られる。コイツは抹殺」
「またママかよ、ったく……」
 呆れながら悪魔を見ると先と同じタイプの悪魔で、顔つきからしてかなりの怒気をはらんでいる。
「なあ、留真。俺、もう光散(こうさん)使えないんだけど、お前は?」
「天使の治療でエネルギー切れ。光固と流固しか出来ん。っていうかさ、なんでレイっていつも光散左手一発な訳? 訓練しろよ」
「すまん、遺伝だと思う。って来たぞ!」
 振り下ろされる剣をギリギリで避け距離を取り挟み打ちにするも、決定打もなく玲司は焦る。
(せめて刀があればな……)
 作戦を考えていると上空がキラリと光り、次の瞬間、三メーター近い巨大な斧が悪魔の頭上に落ち、黒い煙りと共に討伐される。余りの迫力とその大きさに唖然としていると、斧が瞬時に消え使用者のシルエットが土埃から徐々に表れる。
 煙りが晴れそこに居たのは、長い金髪スタイル抜群の女性天使で、玲司の方をじっと見つめたまま動かない。玲司も突然の展開と現れた人物とのギャップに動けない。しばらくの沈黙の後、金髪の天使はその場を飛び立ち、緊張感から開放される。
(何だったんだ? やけに俺を真剣に見てたな……)
 疑問に感じながら飛び立つ背中を見送っていると留真が話し掛けてくる。
「さっきの知り合いか?」
「いや、見たことないな」
「そうか、助けてくれたのは有り難いんだが、ちょっと取っ付きにくそうな天使だったな。スーパーモデル並なナイスバディの眺めは良かったけど」
「ああ」
(しかし、あの雰囲気と目つき。どこかで見たような気が……)
 奇妙なテジャヴを感じつつ玲司は公園を後にする。その玲司達の後を赤い瞳の女子高生が尾行するかのように歩き始めていた。

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