すれ違い天使Lovers
VS堕天使サブノック

 高尾山に到着すると身を屈み警戒しつつまず戦局を見極める。総数は二十対五十程で数的には天使軍が優勢だが、事前に報告を受けていたように中将クラスの獅子騎士サブノックが戦局をリードし有利に展開している。
「サブノックの力が圧倒的だな。顔はライオン、体格は通常の人間タイプみたいだが、パワーも剣戟の扱いもずば抜けている。ミラはどう見る?」
「私より強いだろうな」
「つまり、俺じゃ全く歯が立たないというわけだな」
「いや、やり方次第と言ったところだな。私と玲司の戦力を足して何とかなるかもしれんが、それでも五分五分と言ったところか」
「なるほど、じゃあ無理せず千尋さん達を待てば盤石だろ。ここは待とう」
 玲司の提案にミラは少し考える素振りを見せるが素直に頷く。戦地から少し離れた位置で戦局を見つめるも、天使勢はどんどん攻め込まれ倒されて行く。ミラはその状況を冷静に見つめているが、玲司は複雑な気持ちになる。
(本当に待った方が良かったのか。このままじゃ千尋さんたちが到着する前に天使軍が壊滅しかねない……)
 玲司は堪らずミラに問う。
「すまない、さっき言ったばかりでなんだが、このままじゃ天使軍はヤバくないか?」
「ああ、おそらく全滅だろうな」
「おい」
「しかし、玲司が提案したように千尋さんたちの援軍を待っての方が安全に任務を全うできる」
「その待機時間を他の天使を犠牲にしてでも取った方がいいと?」
「そうだ」
「仲間がやられてるのになんとも思わないのか?」
 不機嫌そうな玲司の問いかけにミラは無表情のまま答える。
「思わない。任務の遂行が第一だ」
 冷徹なまでの任務遂行主義を聞いて玲司は嫌気が差す。
「やっぱりミラはミラだな。この前、所詮悪魔は悪魔、天使は天使と言ってたけど、今それを実感したよ」
 玲司の嫌味をミラは無視して敵陣を眺め続ける。
「都合の悪い事は無視かよ。いいさ、俺だけでも加勢する。少しでも天使軍の犠牲を減らしたいしな」
 獅子王を力強く握ると玲司は立ち上がるが、ミラがすぐに袖を引き強引にしゃがませる。
「おい、放せ!」
「ダメだ。今は待機だ」
「なんで俺がオマエの命令に従わないといけないんだ?」
「危険だからだ。一人だと絶対にやられる」
「真剣勝負に絶対はない。現にミラだって手負いだったが俺に負けたことがあるだろ。特に戦での勝敗は、実力じゃなく勝機を得た方に軍配が上がるんだ」
 玲司の意見を聞いてミラはしぶしぶ頷く。
「分かった。私も玲司と行こう。その前に一つ作戦があるんだが、聞いてくれるか?」
「ああ、もちろん」
 ミラに近づいた瞬間、剣の柄が勢いよく玲司のみぞおちに入り、一発で気絶する。木陰に優しく横たえると、ミラは戦場へと一直線に飛翔した――――


――三十分後、背中の衝撃と痛みで目を覚ますと、目の前の千尋が心配そうに訊ねる。
「怪我はありませんか?」
「は、はい」
「現状から推理するとミラさんに当て身されて置き去りにされた、ですね?」
「はい、アイツ、劣勢の天使軍を見殺しにして待機しろって言うもんだから、俺がキレて加勢しようとしたら不意打ちで」
「なるほど。ミラさんは相当の戦闘熟練者でしょうね。もしミラさんに止められてなければ、貴方は確実に死んでいます」
 千尋から語られる言葉に玲司は驚く。
「なんでですか? 千尋さんだって戦は勝機だといつも言ってますよね?」
「はい、その通りです。戦は勝機です。しかし、それは幾重にも経験を積んだ者が語って始めて意味のある言葉。レイちゃんがその真意を理解するにはまだまだ経験不足。彼我の力量や戦略、総合的な情報を分析した結果から勝機は見出すものなのですから」
 経験不足を指摘されると玲司も何も言えない。デビルバスター歴ニ十年以上の千尋と、ニ年弱の玲司とは比べ物にもならない。
「説教は任務の後にするとして、今はミラさんを探し加勢に行くが先決。二人とも、一切の気の抜かりなきように」
 千尋の叱咤を受け、玲司と留真は力強く頷く。千尋の存在がどれだけ大きいのか理解しているだけに、二人は心強い。
 剣戟の激しい衝突が起こる中、千尋を筆頭に玲司もどんどん討伐して行く。首領であるはずのサブノックは見当たらず、ミラの姿も見られない。
(アイツ、どこ行ったんだ? 無事だろうな……)
 心配しつつ獅子王を振るっていると、遥か前方で見慣れた巨大戦斧が現れ、ミラがまだ戦闘中で無事なことを悟る。
(あそこか!)
「千尋さん! 俺、ミラの加勢に行ってきます!」
「分かりました。こちらが片付き次第、私たちも向います。十分気を付けて、臨機応変に、ですよ」
 いつものアドバイスを受けて、玲司は戦斧の落ちた場所へと駆ける。深い森林が視界を邪魔するが、目障りな木々は容赦なく斬り落とし進み、あっという間にサブノックの元に辿りつく。
 到着した玲司をサブノックはチラっと見るがミラは真剣な目つきで対峙している。ミラの白い翼は真っ赤に染まり、右側の翼は切り落とされている。さらには左腕も切断され今にも倒れそうな感じで息をしている。
(あのミラがここまで追い込まれるなんて)
「ミラ!」
「来るな! 玲司では全く歯が立たない。無駄な犠牲が増えるだけだ。今すぐ逃げろ」
「はいそうですか、なんて素直に聞くタイプだと思うか? 大将首を目の前にしておめおめ引き下がれるか。それに、二人ならなんとかなるって言ったのはオマエだろ?」
「くっ、馬鹿者が……」
 サブノックは余裕の表情を浮かべ二人を観察している。体格は玲司とほとんど変わらない感じだが、全身漆黒の鎧に二刀流の剣が印象的で、紫色のオーラが全身から湧き出ている。
「余裕な顔をしてるが、それがいつまで持つかな?」
 獅子王を光集束で覆い斬り込む。しかしサブノックはそれを避けもせず鎧で受け止める。
(マジかコイツ? 光集束が効かない?)
 振り下ろされる二刀流の剣をさばきつつ後退すると、ミラが話し掛けてくる。
「アイツには光の力が通じない。おそらくあの鎧が光の力を遮断しているのだろう。鎧をどうにかしない限り倒すことはできない」
「どうにかって、どうすりゃいいんだよ?」
「物理的な力で鎧を破壊する、が一番分かりやすい案だな。しかしヤツは私より速い。どうしたものか」
「手詰まり感いっぱいだな。どちらかが足止めして、その間に破壊するしかないんじゃねえの? 二人しかいないんだからな」
「じゃあ私が犠牲になろう。どのみち瀕死だ」
「なるほど、名案だな。じゃあオマエの意見を参考にしつつ無視して、俺が行くから破壊宜しく」
「おい、玲司待て!」
 ミラの声を無視して走りながら斬り込むと、玲司の刀を余裕で避けサブノックはミラの方に突進する。
「俺は相手にするまでもないってか? でも、そう上手く行くかな?」
 突進するサブノックが大きく振りかぶりミラに斬りかかる瞬間、茂みから留真が飛び出し懐に飛び込む。
「橘流・豪掌(ごうしょう)」
 光集束とは全く異なる呼吸法で力を溜め、両手の掌を押し出すようにサブノックの腹部に放つ。突進の勢いもありカウンター気味に豪掌がヒットし、サブノックは玲司の方に吹っ飛んで来る。漆黒の鎧はボロボロに破壊され紫色の煙が消えかかっていた。
「悪いな留真。いい所は俺が頂く!」
 獅子王の柄と膝に光集束を溜めると、飛んで来るサブノックの腹と背中を柄と膝で勢いよく挟む。ヒットした瞬間、サブノックは黒い煙をあげて消滅した。
「光牙のお味はいかがだったかな、ジェネラル殿? ってとっくに死んでるか」
 煙が完全に消えるのを確認すると玲司は急いでミラに駆け寄る。
「大丈夫かミラ!」
 背後から支える形でミラを抱きしめると同時に気を失う。切断された腕からは大量の出血見られ、留真はすかさず応急処置と光集束での治療を行う。
「レイ、正直言ってミラさん、かなり危険だ。このままじゃ逝っちまうぞ!」
「どうにかしてくれ。俺も体力の持つ限り心流を注ぎ込む!」
「それを見越してギリなんだよ。すぐにママと会って、エレーナさんと共に玲奈さんを連れて来るように言ってきてくれ。玲奈さんの心流があればなんとかなるはずだ」
「わかった!」
 すべての悪魔を討伐した千尋の元に行くと事情を説明し、恵留奈こと天使エレーナと玲奈を急遽呼び寄せる。玲司がエンジェルハーフとして生を受けたのとは違い、恵留奈は純粋な天使から人間に生まれ変わったタイプの人間で、基本は人間だが身の危険が迫ったとき等、緊急性が高い場合にのみ天使の姿に戻る。
 玲奈が到着してからは回復が速く、腕や翼も修復され意識は戻らないまでも命に別状は無く、無事八神家に帰還することになった。玲奈のベッドに寝かせると、玲奈は玲司の部屋に向かう。その真剣な顔から玲司は緊張した面持ちで迎える。
「レイ、千尋ちゃんから戦局状況を聞いたわ。難しい対応だったと思うけど、まずは二人が生きて帰ってきたことがなによりよ。お疲れ様」
 玲司は黙ったまま頷く。
「でも、ミラの意見を押しのけて独断専行しようとしたのは良くない。結果ミラを危険な目に合わせることになったのよ」
「それは逆だよ。ミラが俺を気絶させ、任務の遂行優先で独断専行に走ったんだ」
「その前に貴方が行こうとして止められたんでしょ? ミラは自分が犠牲になることで貴方を守ったのよ。もし貴方が専行していたらミラのように生き残れていないかもしれない」
 玲司自身、ミラの瀕死の状況を見ているだけあって、玲奈の意見が耳に痛く感じる。
「貴方が天使軍を見殺しにできないと奮起した点は間違ってないわ。だから難しい対応だったと言ったの。でも、ミラは即断で天使軍より貴方の命を優先した。勘違いしてるようだけど、任務を優先したんじゃないわ」
「どういうこと?」
「貴方が家族だからよ」
 玲奈の真剣な表情にビクッとする。
「まだ数日の付き合いだけど、ミラにとって私や玲司を含めお母さんも愛里も掛けがえの無い家族なの。ずっと孤独だったからこそ、できたばかりの自分の居場所を、大事な人を守りたかった。たぶんそういうことだと思う」
 想像もしてなかったミラの想いに触れ、玲司は自己嫌悪に陥る。
(そうか、アイツ、俺を守るためにあんな行動を。サブノック戦で自分から犠牲になると言ったあの言葉も本心だったのか。俺はまだアイツを家族だなんてこれっぽちも思ってなかったのに。そんな俺なんかのためにアイツは……)
 今までの言動が自分のためと知り、玲司は居た堪れない気持ちが込み上げる。
「ミラ、命に別状ないんだよね?」
「ええ、かなり危なかったけど命を取りとめてる。心配?」
「心配」
「それはいいことね。意識が戻ったら本人に言った方がいい。きっと喜ぶ」
 玲奈の提案を受け、玲司は今までの言動を省みる。
(あんまり気は進まないけど、少しは家族らしい対応しなきゃな。アイツは命懸けで俺を救おうとしたんだから……)
 少し照れる部分もあるが、ミラが目を覚ましたら改めて礼を言おうと決心していた。

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