すれ違い天使Lovers
衝突
放課後、駅前で待ち合わせ美咲の住む最寄り駅に到着すると、コンビニに立ち寄り飲み物等を購入する。駅で待ち合わせていたときからだが美咲の口数は少なく、照れと緊張からか顔が強張っていた。言葉少ななままマンションに案内されると、敷地に入った瞬間から玲司は悪魔の気配がないか神経をとがらせる。
(このマンションに悪い影響を与えている悪魔がいる可能性も否定できない。用心して光集束の呼吸をしておくか)
エレベーターに乗り、美咲の自宅へ入ると同時に、得も知れない嫌な感じを受ける。
(なんだこれ? 悪魔って感じ以上の何か奇妙な雰囲気を感じる。誰か他にいるのか?)
警戒しつつ顔を強張らせていると美咲が問い掛けてくる。
「玲司も緊張してるみたいね。私は初めてだけど、もしかして玲司も?」
「えっ、ああ、うん。いろいろと初めてかな」
(橘邸で鍛えられて、いろんな免疫はついてるけどな)
橘邸の女性陣からはトラウマなみの攻撃を受けており、玲司は苦笑いする。
「じゃ、じゃあ、部屋、行こっか」
「ん、あっ、すまない。その前に、美咲のお父さんに挨拶したいんだけど、ダメか?」
突然出た父親の名前に美咲は驚くも悲しい顔をする。
「お父さんに挨拶……、うち、仏壇も位牌もない。だから挨拶もできないよ」
「そうだったのか、ごめん。俺、美咲のことまだ何も知らないから。よかったら、いろいろ聞かせてもらっていい?」
「分かった、じゃあリビングで話そっか」
美咲の部屋と思われるドアを通り過ぎると、広めのリビングに通される。室内は綺麗に片付いており清潔感で溢れていた。コンビニで買ったジュースを開けて一口飲むと、美咲の方から切り出してくる。
「お父さんが悪魔だったのは知っての通りだと思う。悪魔だったけど悪魔に加担することもなく、玲司のお母さんたちと共に天使側の悪魔として戦ってた。そんなお父さんが私も好きだった。でも大戦の際、強力な天使によって殺された。悲しい事故だったと説明されたけど、私は今でも信じていない。天使軍の裏切りに合ったんだと思ってる」
「それは誰からの情報?」
「お父さんの親友」
「悪魔?」
「うん」
(どうも怪しいな……)
「その人、今も交流ある? て、言うか人じゃなくて悪魔か」
「うん、あるけどそれが何か?」
「その人が嘘ついてるって可能性は?」
「なにそれ? また私の生き方を変えようとか思ってる?」
玲司からの質問攻めに機嫌が悪くなる。
「そうじゃなくて、もし真相が違ってたらお父さんの考えとは違う生き方をしていることになる。お父さんは天使側の戦士として悪魔と戦ってったんだから。仮にそうだとしたら、美咲としても本意じゃないだろ?」
「なによ、結局私の考えを変えにきたんじゃない」
「そう思われても構わない。でも、ちゃんと真相は知るべきだ。違うか?」
「真相って言われても十年以上前で、悪魔だったから遺体だって残ってない。リトさんの言っていることが全て」
「じゃあリトさんが嘘ついてたらアウトだ」
「リトさんとは物心付いたときからの知り合いで、ほとんど家族みたいなものなの。リトさんを悪く言うのは止めて」
不機嫌の度合いが割増す美咲を見て、玲司はどう説得して行くかを考える。
(家族か。家族の悪口は本人の悪口以上に嫌うもんだからな、あまり攻めない方がいいな。しかし、リトさんが悪い影響を与えている可能性は高い。どうにかしてリトさんの情報を聞き出すのが得策か……)
「もしかして、美咲ってリトさんのお世話になってる? お父さん代わりみたいな感じで」
「うん、小学生に上がる前から育てて貰ってる。経済的にも助けてもらってるし」
「じゃあ、戦い方や具現化の指南もリトさん?」
「うん」
(じゃあ、ほとんど洗脳し放題じゃないか。これはやっぱりリトさんの可能性が高いな。かと言って親代わりをしてくれている相手を、怪しいとストレートに言ったら完全に関係が切れかねない。何か良い手はないか)
「リトさんって毎日マンションに帰って来る?」
「リトさんはもう魔界に帰ってる。だから中学に上がる頃からずっと一人で暮らしてるよ。ねえ、さっきからリトさんのことばかり聞いてるけど、もしかして討魔するつもりじゃないでしょうね?」
「するわけないだろ、美咲の家族なんだから。っていうか俺の力じゃきっと勝てないくらい強いだろ? 美咲の師匠にもあたる人だし」
「うん、かなり強いよ。お父さんと同じくらいって言ってたし。ちなみにお父さんは七柱って言われる魔王に準じるくらいの強さだったのよ」
(確かサマエルって悪魔の精神を乗っ取って悪魔化したんだよな。その葛城さんと同等と言うことはとんでもない強さってことに。でも今の話を聞くとおかしいぞ。ミラの意見だと美咲の身近に悪魔がいると。美咲が嘘をついてないとして、リトさんは数年前から人間界には来ていない。なら傍にいる悪魔っていうのはいったい誰だ……)
考え込んでいる玲司を見て美咲は溜め息をつく。
「もういい。玲司、リトさんのこと調べに来たみたいだし。ムードもなにもあったもんじゃない。もう帰って」
「いやそういう訳じゃ……」
「帰って」
玲司の言葉を美咲は力強い言いようで遮る。取りつく島もない様子の美咲を感じ、玲司は大人しくカバンを携える。玄関まで行くと、背後から声をかけられる。
「玲司」
「ん?」
「もし、リトさんを標的にするなら、気をつけてね。私も容赦しないから」
少し嬉しそうな顔で語る美咲を見て玲司は背筋に冷たいものが走る。この容赦しないという相手がミラであることは想像に難くない。
「それって、俺を脅してる?」
「ううん、警告してるの」
「そうか、なら俺も同じだ。俺も家族に何かあったら容赦はしない」
「だろうね。やっぱり、私たちって相容れない存在みたいね。別れよう」
真剣な眼差しで玲司を見つめており、本気で言っていることがひしひしと伝わる。
「別れた途端、天使狩りを始めたりしないよな?」
「さあ? 葛城家の家訓は『天使だろうと悪魔だろうと気に入らないヤツは殺す』だから、私はその精神に従って行動するのみ」
(マズイな。暗にミラを殺すと言っているようなもんだ。かと言って具体的な策があるってわけでも無し。俺一人じゃ止められそうにないな。一旦千尋さんに相談した方がいいかもしれない)
「別れる別れないは保留しておくとして、今日のところは大人しく帰る。悪かったな質問攻めにして。じゃあな」
挨拶を交わしマンションを後にしつつ玲司は携帯電話を取り出す。千尋にコールし手短に状況を説明していると、マンションの上空で大きな破壊音がする。慌てて見上げると今出てきたばかりの美咲の部屋から煙がもうもうと上がっていた。
(な、何が起きてんだ?)
緊急事態とだけ千尋に伝えると玲司は急いでマンションに引き返していた。