すれ違い天使Lovers
VS魔王バアル
美咲の自宅につきチャイムも鳴らさず土足のまま玄関に飛び込むと、具現化した剣を構える美咲と同じく剣を構える一体の悪魔が見られる。既に戦闘状態のようでリビングは荒れ果て物が散乱していた。
「美咲! こっちにも剣を」
背後から要求すると美咲は素早く剣を具現化し、背を向けたまま玲司に投げ渡す。剣を受け取ると玲司は隣に並び話し掛ける。
「コイツは敵って認識で問題ないか?」
「うん、問題ない」
「ちなみにコイツがリトさんじゃないよな?」
「違う」
「OK、じゃあ容赦なく斬れるな」
剣に光集束を纏う玲司を見て悪魔は少したじろぐ。その隙を見て玲司は一気に距離を詰め、袈裟斬りを放つ。光集束を恐れているのが明白で剣では受けず、ベランダの方へと退避する。
しかし、その回避方向を先読みした美咲が突進突きを繰り出し、一撃の元に当該悪魔を討伐した。黒い煙を上げて悪魔が消滅するのを見届けていると、美咲が口を開く。
「ありがとう、玲司。あんな別れ方したから、戻ってきてくれるなんて思わなかった」
「彼女を守るのは彼氏の役目だろ? それに俺はまだ美咲と別れるなんて言ってないしな」
「玲司……」
居心地悪そうな美咲を玲司は笑顔で見つめる。次の瞬間、ベランダから突風が吹くと同時に左手に握っていた剣が床に落ち鈍い音を立てる。
警戒し距離を取ると同時に左腕が熱くなっていくのを感じる。床に目をやると、そこには剣を握ったままの左腕の肘から先が落ちていた。
(左腕を切断されたのか!? ヤバイ!)
事態を把握したときには切断された左腕から大量の出血が飛び出す。
「玲司!」
「大丈夫だ! それより警戒しろ! 新手の攻撃が来てるぞ!」
玲司の言葉を受けて背後より見知らぬ人物からの声が響く。
「新手の攻撃? 私は攻撃なんてした覚えはありませんよ?」
急いで振り向くとそこには黒いスーツ姿の中年男性が立っている。
「リトさん!」
美咲の声で玲司は相手が誰かを知る。
「私は貴方の側を通過しただけ。まあ、早過ぎてその風圧でお怪我をさせたかもしれませんが」
(風圧だと? だとしたらとんでもない早さと強さだ。右腕だけの俺じゃ到底太刀打ちできない)
「俺達を殺すつもりか?」
痛みを我慢しつつ勇気をふりしぼり問う。
「いえ、貴方には用はありませんよ。私は娘に会いに来ただけ。お久しぶりですね、美咲。大きくなりましたね」
「う、うん」
「しかし、ちょっと会わない間にこんな下種な天使崩れと仲良くなっているなんて失望しましたよ。貴女はれっきとしたエンジェルバスター。天使勢と仲良くするなんてことはあってはならない。忘れたんですか? 貴女のお父上が天使勢に裏切られて死んだことを」
「忘れてないよ。でも玲司は私にとって大事な……」
美咲が言い終える前に玲司が前のめりで倒れ込む。
「れ、玲司!」
「私が彼の腹を斬りました。さあ、美咲、トドメを差しなさい。貴女にはもっと相応しい相手がいる。こんな天使崩れと付き合うなんてあってはならない。賢い私の娘ならば言っている意味も分かるはず。さあトドメを」
握っていた剣を上段に構えると、しばらく静止した後、美咲は力無く剣を床に落とす。
「ごめんなさい、いくらリトさんの命令でも彼は斬れない」
「そうですか」
リトは笑顔を見せ美咲の正面に来ると目に映ることのない光速の刃で美咲を斬る。膝から崩れ落ちる美咲を見下ろしながらリトは語り始める。
「親子揃って本当に使えないゴミだった。死ぬ前に言い事を教えてあげますよ。貴方の父上を殺したのは私。彼の天使贔屓の生き方には反吐が出てくらい嫌でした。そこで、大戦の混乱に乗じて抹殺したのです。そして、その娘である貴女を正しい悪の道に誘おうとしていたのです。しかし、蛙の子は所詮蛙。悪魔崩れの貴女では真の悪魔にはなれなかったようですね。ここで潔く散りなさい」
うずくまる美咲に近づいた瞬間、玲司は右手から奥の手でもある光弾を発射する。確実な不意打ちにも関わらずリトは余裕で避け、残った右腕までをも切断する。
「ネズミは大人しくしてなさい。貴方もその傷ならあと数分の命、死に急ぐことはない」
「死に急ぐのは貴様の方だ!」
天井から声がすると同時にリトに対して剣が振り下ろされる。剣を持つ人物の顔は怒りに満ちており凄まじい闘気を放っていた。
ミラの不意打ちはさすがに避けきれず、リトも傷を負いつつベランダの方に退避している。美咲と玲司の間にはエレーナがガードするようにしゃがみ込む。
「よくも私の家族を傷つけてくれたな。お前は絶対許さん! 覚悟しろ!」
「中級天使ふぜいがぞろぞろと、無駄なことを。ベランダの外にもお仲間がいるんでしょう?」
リトの声で上空よりプリメーラが降りてくる。
「天使が三人。それだけで私を倒せるとでも? 我は魔王バアル。格の違いを見せてやろう」
人間姿を解いたバアルは一瞬で具現化した剣を作りミラに斬りかかる。そのスピードに押されミラは玄関のドアを突き破り廊下まで吹っ飛ばされる。
エレーナはその隙に光を薔薇の形の雨に変え、バアルを乱れ打ちにする。バアルは具現化した大盾で防ぐも、背後からプリメーラに斬りかかられ堪らずベランダから上空へ避難して行く。
「中級クラスの割にはなかなか……」
「さようなら」
上空から降って来る千尋に気がついた瞬間、バアルは獅子王により真っ二つにされる。上空を飛べない人間が空から攻撃してくるとは予想もしておらずバアルは驚愕の表情を浮かべたまま消滅していく。
マンションから落ちる千尋をミラは待ち構えていたようにキャッチする。急ぎ美咲の部屋に戻ると、エレーナとプリシラが瀕死の二人を治療していた。
「玲司! エレーナ、玲司は!?」
「非常に危険です。天使と違って傷が塞がっても血液がないと死んでしまう。千尋、救急病院の手配は済んでいますね?」
「はい」
「千尋とプリメーラ様はここの後始末と警戒。私とミラで二人を病院に搬送。いいですね?」
エレーナの指示を受けミラは玲司の両腕を拾うと背負い、エレーナに続き高速飛行で病院へと向った。