すれ違い天使Lovers
クリスマスイヴ

 退院の日から二週間経過した冬休み前半戦。橘邸でクリスマスパーティが開催される。毎年恒例となっているが前回の退院祝いとは違い、身内だけではなく政財界の友人知人、ジャニーズの友人等、幅広い関係者が集まる本格的なパーティーとなっている。
 当然ながら八神家も全員招待されているが、周囲の芸能人オーラが半端なく少し居心地が悪い。玲司は着慣れないスーツを着用し、ミラも普段絶対着ないようなドレスで着飾っている。
 予想はしていたものの、ドレスアップしたミラは普段の五割増で綺麗になっており、パーティー内でも注目の的になり、様々な人達に話し掛けられていた。
 玲司は人込みを避けるようにして二階の客間に向うと夜空を見上げる。空には満月が煌々と光輝いており室内を明るく照らす。電灯を点けるまでもなく室内はよく見え、玲司は窓際のベッドに腰掛け思いに耽る。
(この三ヶ月、急展開だったな。ミラが来て死にかけて、彼女ができたと思ったら亡くして、ミラが家族になった。我ながら波乱万丈だ)
 手の平を見ると剣ダコができ、壮絶な修行の痕が如実に現されている。
(俺はもっともっと強くならないといけない。美咲との別れみたいなことが今後絶対にないように、友人や家族を守るためにも)
 頭の中では自然とミラの顔が浮かぶ。ここ二週間、夕方は千尋との光集束の訓練。夜はミラとの剣戟訓練をしている。病み上がりなどと弱音を吐いている暇などはなく、玲司は自分を追い込むかのように訓練へと打ち込む。美咲との一件も修行に駆り立てる一因でもあるが、ミラを守りたいという思いも同時に存在した。
 家族の一員と認識してからミラという存在が玲司の中では大きくなり、周囲からは姉と弟として見られているが玲司自身はそれ以上の気持ちが湧いてきている。事実、急遽現れた存在であるミラが姉と言われても全く実感はなく、一人の女性としか見れない。本人はもちろんのこと誰の前にしても言えないことだが、玲司の中では確実にミラへの想いが増幅していた。
「姉弟か。そう言われてもずっと一緒に暮らしてきた訳じゃないしな。正直、辛いもんがあるよな」
 月を見上げながら玲司は独り言をつぶやく。
(ミラが綺麗なのは周知だけど、一番いいところは心優しく純粋で、思いやりのあるところだ。留真や瀬戸君が惚れるのも当然か。でも、俺は弟。そこに参戦すらできず毎日側にいる。皮肉だな……)
 釈然としない面持ちで月を眺めていると、気配なく真横に誰かが座る。驚いて振り向くとミラが笑顔を向けている。
「び、びっくりさせるなよ! ドア開けずに壁抜けしてきただろ?」
「うん、レイ君驚かそうと思って。作戦成功」
 含み笑いするミラを見て玲司は違う意味でドキドキしてしまう。
「パーティーはどうしたんだよ? いろんなところから引っ張りだこだっただろ?」
「うん、それが煩わしくて抜けてきた。レイ君こそ、なんでここに?」
「俺、人が多いところ嫌いなんだよ。気を遣うしな」
「同感、気疲れするよね」
「ああ」
 そう言ったきりミラは黙り、玲司も繋ぐ言葉を模索しつつ月を眺める。病院で共に過ごした時間があったためか、無言の時間が流れてもさして重苦しいとも感じらない。
「落ち着く」
 一言零すように吐くミラを見る。
「レイ君の側が一番落ち着く。なんでだろ?」
 見つめつつ問われるも、玲司自身どう返していいか困る。
(言われて普通に嬉しいんだが、コイツ、俺のことどう思ってるんだ? 弟して見てるのかそれとも……。しかし、仮にそうだったとしても俺達は血の繋がった姉弟。行き着く先は決まってる)
 考え込んだ後、玲司は口を開く。
「そんなの、家族だからに決まってんだろ?」
「うん、そうだね」
 すまし顔で答えるミラの横顔からは彼女の本心までは汲み取れない。クリスマスという特別なイベントが後押ししているためか、玲司はいつも以上にミラを意識してしまう。
「あ、クリスマスと言えば、昨日瀬戸君とはどうだったんだ? イヴデートだったんだろ?」
「うん、普通」
「普通って。意味わからんわ」
「普通は普通よ。買い物してお茶して話して帰宅」
「えっ、それだけ?」
「うん。他に何か必要だった?」
「いや、まあ、いろいろと瀬戸君可哀想だなと」
「なんで?」
「クリスマスイヴって、天界では無関係のイベントなんだよな?」
「もちろん」
「世界では分からないけど、日本ではイヴってのは恋人達が仲良く過ごす日ってのが一般的なんだよ。あと、家族とかな。たぶん瀬戸君はイヴに賭けてたと思うぞ」
「なるほど、だから告白してきたのか」
 ミラの言葉でドキッとする。
「告白されたのか!? 返事は?」
「好きな人がいるからって断った」
 あっさりと続けざまに語られる衝撃的なセリフで玲司はどぎまぎしてしまう。
(わりと恋愛っぽいことしててびびった。つーか、好きな人って誰なんだろうか。かなり気になる……)
「そ、そうか。ちなみにそれがどんな人とか、教えてくれないよな?」
「好きな人?」
「うん」
「天使よ。とても心の優しい人」
(人間じゃねえのかよ! 留真も瀬戸君も俺も撃沈だな……)
「そうか、叶うといいな。その恋」
「うん、頑張ってみる」
 屈託の無いミラの笑顔を見て玲司の心は複雑な気持ちになる。月明かりに照らされ微笑むその姿は、翼がなくても天使であることを物語っていた。
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