すれ違い天使Lovers

約束

　ミラの好きな人がいる発言を受けてから一ヶ月弱、玲司は吹っ切れたかのように修行に専念し、めきめきと実力をつけていく。本気のミラにはまだ及ばないまでも、スピードとパワーのみならず剣さばきがミラと酷似してくる。千尋とも剣戟の稽古はしていたが、その上達ぶりに目を細めていた。いつものように剣を交えていると、ミラが突然剣の具現化を消滅させる。
「どうしたんだよ？　俺、まだ休憩いらないぞ？」
「いや、今日はここまでにしよう」
「はあ？　まだ一時間も経ってないぞ？」
「うん、ちょっと話があるんだ」
「ったく、なんだよ。せっかく身体が温まってきたところなのに」
　納刀し渋々といった感じでベンチに座るとミラが口を開く。
「一応と言うべきか、念のためと言うべきか、レイ君に言っておきたいことがある」
「改まってなんだよ？」
「私は人間界に派兵された天使でも、言わば仮免許みたいな位置づけなんだ。半年人間界で活動し、その行いから判断され問題無しとなれば晴れて一人前の天使として人間界での任務となる」
「なるほどな」
「で、その半年が今月末だ。私は一旦天界に帰還せねばならない」
「そうか、ちょっと寂しくなるな。いつこっちに帰って来れそう？」
「問題がなければ数日で帰って来れると思う。でも、もし、天使としての任務に不適格と判断されたら、玲司たちが生きている間に帰って来れるかどうか確約できない」
　ミラは悲しそうに語り、玲司も突然の話に困惑した表情になる。
「母さんたちには話したのか？」
「明日話すつもり。まずはレイ君に言っておきたかったから」
「そうか、でも問題なければすぐ帰って来れるんだろ？　心配ないって。ミラはこの半年、立派に天使やってたからな」
「うん、そう思いたい。大事な家族と離れ離れなんてもう二度とごめんだから……」
　本音なのか、今にも泣きそうな顔をする。
（くそ、こんなとき恋人同士ならまだ気の利いた言葉も掛けられるんだろうけど）
「待ってるよ」
「レイ君……」
「ずっと待ってる。何年でも何十年でも、必ず。だから安心していい。俺たちは家族だろ？」
（気休めにしかならないけど、今の俺にはこれくらいしか言えない）
　視線をそらしながら言い切りそっぽを向いていると、柔らかい感覚が全身を襲う。
（えっ？）
　真横に座っていたミラが自身に抱きついてきたのだと理解するのに一瞬時間が掛かる。
「ミ、ミラ？」
「怖い。こんな気持ち初めてだよ。離れ離れになりたくない。みんなともレイ君とも……」
　抱きついたまま肩口で震えるミラを感じて、玲司はドキドキした気持ちが消え冷静になる。
「大丈夫。もし、ミラが帰って来れないって知ったら、俺が直々に天界まで君を連れ去りに行く。だから安心して行っていい、約束するよ」
「ホント？」
「約束する」
「約束……、分かった。レイ君を信じて天界に行って来る」
「うん」
　返事を聞くとミラはすっと離れる。そして、流した涙を拭きながら玲司を笑顔でみつめてくる。
「レイ君」
「な、何？」
「…………なんでもないよ。呼んでみただけ」
「訳分からんし」
「レイ君」
「呼んでみただけは無しな？」
「幸せ」
　とびっきりの笑顔で言われ玲司のキャパシティーは限界を向える。
（ああー、もう！　なんで姉なんだよ！　くっそー！）
「おしゃべりは終わりだ！　訓練するぞ！　訓練！」
　様々な感情を吹き飛ばすかのように玲司は勢いよくベンチを立ち上がる。ミラは苦笑しながらも後に続いた――――


――月末、天界への帰還を当日に迎えミラは庭に立つ。既に天使化しており、服装も天使らしい純白のスカートを履いている。
　前日橘邸で行われた送別会でたくさん泣いたせいか、ミラも玲奈たちにも涙はない。最後は笑顔で送り出そうという玲司の提案を皆が守っていたのだ。
　祖母の祥子と伯母の愛里から優しい言葉を受け、ちょっと泣きそうになっていたがなんとか耐えている。続いて玲奈がミラの前に来て口を開く。
「ミラ、貴女は私の娘よ。それを忘れないで。みんなで一緒に、ずっと待ってるから。頑張って」
「はい、玲奈さん」
　ミラの言葉を聞いて玲奈は溜め息をつく。
「ここに来て半年、とうとう最後まで『お母さん』って言ってくれなかったわね」
　玲奈の落胆した姿にミラは困った顔をする。
「言いたくないのか、照れて言えないのか、それは敢えて聞かない。でも、今度帰ってきたとき、そう呼んでくれたら嬉しいかな。これは私の勝手な願望だけどね」
　苦笑いする玲奈を見てミラは小さく頷く。
「レイは、何かある？」
　話を振られミラも玲司を見る。
「まあ、昨日も言ったけど。みんなと待ってるよ。後、約束は必ず守る。以上」
　端的な挨拶ながら、約束のことを再度誓われミラは笑顔になる。
「約束ってなによ？」
「なんだっていいだろ？」
「ええ～、母親に隠し事するなんて不良よ、不良！」
「なんで隠し事くらいで不良なんだよ。小学生か俺は！」
「けちんぼ。ねえ、ミラ、約束ってなに？」
「秘密です」
　笑顔で拒否され玲奈はショックを受ける。
「ミ、ミラまで不良に。お母さん立ち直れない……」
「ああ、ミラ。コレはほっといていいからもう行っていいぞ」
「ちょっとレイ！　母親にコレ扱いは酷くない!?」
「完全演技なのバレバレだっつーの。だいたい、泣き落としで聞き出そうとする時点で姑息なんだよ」
「姑息とはまた失礼な。これでもわりと真剣に演技してるのよ？」
「やっぱ演技なんじゃねえか」
「しまった！　こんな誘導尋問に引っかかるとは！」
　二人の間で繰り広げられる親子漫才をミラは笑顔で見つめる。
「玲奈さん」
「何？」
「ありがとう。人間界に来てこんなふうに幸せになれたのは、玲奈さんが家族にしてくれたお陰です」
「大袈裟よ」
「私、必ずここに、私の家族の元へ帰ってきます」
　玲奈を含め全員が頷く。
「じゃあ、行ってきます！」
「いってらっしゃい！」
　みんなの壮行を身に受けミラは遥か上空へと飛び立つ。玲司のお願い通りそこに涙はなく、笑顔に包まれた旅立ちとなっていた。