すれ違い天使Lovers
橘家の威光
翌日、ミラの一件によりショックを受けフラフラした足取りの玲司を学校へと見送ると、玲奈はすぐさま千尋に電話をする。通話を終えると、昨夜の内に考えていた作戦を実行すべく、ミラと共に橘邸へと赴く準備を始めた。
「今から親友の橘千尋ちゃんと橘恵留奈に会いに行くから、人間姿(にんげんし)の状態になってくれる? 天使ミラじゃなく、八神ミラとして紹介したいから」
「人間姿ですか。構いませんが、人間姿中は翼も消えて討魔能力も無くなりますけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫、戦いに行くわけじゃないし。家にあった恵留奈の私服がサイズぴったりだと思うから、そこにある服を適当に選んで着て」
戸惑いながらも人間姿となりミラは着替える。橘邸の前に来ると二人に会う前、恵留奈や千尋が玲奈にとってどれだけ大切な親友かを力説した上で邸宅の門をくぐる。女中により千尋の部屋に通されると恵留奈と千尋が立ったまま待ち構えており、目が合うとミラの方から挨拶を交わす。
「はじめまして、八神ミラと申します。この度はいろいろとご迷惑をおかけしました」
丁寧に謝罪するミラを見て恵留奈はビックリしている。
「うおお、すっごい礼儀正しい! レト君のときとは大違いだね」
「恵留奈さん、失礼ですよ? はじめまして橘家当主、橘千尋と申します。隣に居るは妻の恵留奈です」
「おっす、オラ恵留奈、よろしくな!」
某主人公のモノマネをしつつ挨拶する恵留奈を見て、玲奈は久しぶりに右拳に光集束を開始する。
「ちょ、玲奈! 冗談、冗談!」
「今日は真面目な話に来てるの。茶化してると光集束ぶっ込むから」
「はい、すいませんでした。おとといきやがれ」
恵留奈の言葉に殴りかかろうとする玲奈を千尋は必死で止める。漫才みたいなやり取りを見て、三人がどれだけ仲が良いのかをミラは肌で感じていた。
一通りのやり取りが済むとテーブルを囲むように座り、千尋お手製のハーブティーを飲む。一息入れると玲奈は口を開く。
「じゃあ、本題に入るけど懲罰部隊の件、どう処理する? このままじゃミラが粛清されちゃうからね」
「天使は人間を攻撃してはならない、殺してもならない。禁を犯したものは即処刑。大戦で各界の境が緩くなって以降、天界は厳密なルールを敷きましたからね。バレてなければ問題ないんですが、地上に降臨したてのミラさんならば監視されていたと考えるのが自然でしょう。地上の懲罰部隊は天使省管轄なので、橘家の威光で抑えられます。ただし問題は天界からの懲罰部隊。これについては天界の意志が重視されますゆえ、手出しができません」
真面目に分析し語る千尋とは正反対に恵留奈はあまり興味がないのか、庭先で飼い犬の獅子丸とじゃれている。玲奈も千尋も慣れているせいか無視して話を進める。
「千尋ちゃんの言う通り、問題は天界の部隊なのよね。最悪、天界と全面戦争かしらね」
物騒なことを平気で語る玲奈を見てミラは焦る。
「それはダメです! 私のせいで玲奈さん達にこれ以上ご迷惑を掛けられません。私が蒔いた種です。私が一人責任を負えば済む話です」
「と、言ってますけど? 玲奈さんはどうお考えです?」
「却下」
あっさり答える玲奈を唖然とした表情でミラは見る。
「で、何か具体的に策はある?」
「天界から部隊が来る前に天使省へ赴き、先じて自体の報告と減罰を願い出る。今回の件は、身内間の連絡行き違いによる諍いとして。そして、部隊が来る前に天使省から天界に報告をしてもらい部隊の出動を止める。この案ですと、出動されると後々厄介なので急いで行動する必要があります」
「いいね、それで行こう。私と千尋ちゃんとミラが居ればいいか。他に誰か必要?」
「私が居れば話は通せますが、時間的なことを考えると一秒でも早く省へ赴く必要が……」
恵留奈の方を見ると既に天使エレーナの状態に変身しており、ジェスチャーで早く飛んで行こうと言っている。
「さすがエレーナね。恵留奈と違って頼りになるわ」
「いやいや、恵留奈さんとエレーナさんは同一人物ですから」
毎度のツッコミを入れるとエレーナ共に高速飛行し天使省に赴く。姉と弟による身内の喧嘩であることを強調し、かつ橘家の威光やこれまでの実績が考慮され、ミラは厳重注意で済み事務的な処理も全て終了する。
大きな問題が片付くと、もう一つ密に考えていたことを千尋に耳打ちする。聞いた千尋は快諾し、直ぐに電話連絡をしている。ミラはまな板の鯉状態で、二人のされるがままを黙って見守るしかない。
「玲奈さん、OK出ました。明日から大丈夫です」
「ホント? ありがとう千尋ちゃん。さすが、頼りになるわ~」
「懲罰部隊の件に比べたら、これくらい朝飯前ですよ」
笑顔の玲奈と千尋を見て悪い算段でないことは分かるものの、ミラは我慢できず質問する。
「あの、先程から一体何をなさっているんですか?」
「とってもいいことよ。じゃあ早速挨拶にいきましょうか」
明確な説明もないままリムジンに乗り込むと、しばらくして大きな建物の前に止まった。促され降りると玲奈が驚きの説明する。
「ここは私立緑明高校。玲司や千尋ちゃんの息子さんが通っている高校。明日から貴女が通う高校よ」
「高校、ですか?」
「そう、人間の学校よ。知らない?」
「いえ、意味は分かります。でも、なぜ私が高校に?」
「不老不死で年齢の概念がないのは知ってるわ。でも、八神家の一員となったからにはそれなりの身分がいる。そこで、明日からミラは玲司と同じ学生として、さらにデビルバスターとして活躍して欲しい。玲司と同じ学校ならお互いにサポートできるし助け合える。職業柄、命の危険にさらされることが多いからこそ、家族同士支え合って欲しい。ミラの力を八神家の一員として振るって欲しい。どうかな?」
玲奈の心温かくなるような嬉しい提案に、ミラは泣きそうになる。
(私を家族の一員として受け入れるためにここまでしてくれるなんて。私の生きる道は決まった。この人達を、家族を命を懸けて守り通す!)
「喜んで行かせて貰います」
「良かった。じゃあ次は急いで制服の新調よ! 先生に挨拶してきたら直ぐ行くわよ!」
玲司達にバレないように挨拶を済ませると、制服の新調やら私服や下着類に至るまで買い物三昧し、昼過ぎ帰宅した頃には玲奈のみならずミラも含めヘトヘトになっていた――――
――夕方、パートから帰宅した愛里からあだ名をミーちゃんと付けられ、玲司やレトの思い出話に花を咲かせる。八神家の一員になってまだ一日なのにも関わらず、皆温かく迎え入れ接しておりミラは今まで感じたことのないくらい穏やかな気持ちになる。
ただ、玲司だけはどこかよそよそしい雰囲気があり、気になって深夜の訓練後玲奈に訊ねることにした。ミラと玲奈は同じ部屋で就寝を共にしており、ベッドに玲奈が寝て絨毯に布団を敷きミラが寝ている。
「玲奈さん、玲司が私によそよそしい気がするんですが、私、何か変なことしてますか?」
「ん? 特にしてないと思うわ」
深夜までに渡る訓練は玲奈の中でも普通のことと認識されている。
「どうも距離を感じるというか、家族として見られていないというか……」
「そうれは当然よ。玲司は思春期でかつ男の子。いきなりこんな綺麗なお姉さんが出来て、本人もどう接していいか分からないのよ。むしろ、私やお母さんや愛里の人懐っこい性格の方が稀なのかも。そのうち慣れるでしょうから、ミラは気にせず自分らしく接していけばいい」
「自分らしく、ですか」
「ええ、気負う必要はない。時間を掛けて少しずつ家族になればいい。その方が楽しいでしょ?」
玲奈の笑顔にミラは頷く。
「そうそう、ミラに聞いておきたいことがあったわ」
「はい、なんですか?」
「今もだけど、ずっと人間姿でいるけど、辛くない? 学校以外なら天使状態に戻っていいのよ?」
「いえ、全然辛くないです。玲司との訓練では天使化してますし、ところどころちゃんと息抜きしてますから。なにより、八神ミラとして家族の一員としているときは人間で居たいんです」
「そう、無理しないでね? 人間姿であろうと天使であろうと、ミラは私達の大事な家族なんだから」
「はい、そう言ってくれて嬉しいです」
「あ、それともう一つ。これはホント興味本位だから、答えたくなければ答えなくていいからね」
少し遠慮気味になる玲奈を不思議そうな顔で見つめるも頷く。
「人間姿中って、その、ムラムラする?」
「は?」
「いや、だから、異性にときめくみたいな感じ。男の子を見て胸の奥がキュンってなる感覚よ」
「すいません。全然ありません」
「あら、レトやルタとはまた違うのかしら。レトはね、人間姿になってる間、わりと私を口説いてきたりしてたのよ? 天使中と違って人間姿中は感覚とか感情が高まるらしくてね。だからミラもそうなのかなって興味本位で聞いてみたの。もし気に障ったのならごめんなさいね」
「そういうことですか。つまり『恋』の話ですね」
「そう、まさにそれよ。ミラは恋したことある?」
「残念ながらまだ」
「そうなの? でも高校生活してたら必ず恋の一つや二つはするはずよ。ミラの器量ならきっといい出会いがあると思う。それも含めこれから楽しみね」
「そうですね。あ、そう言えば。まだ玲奈さんと会う前に、私を助けてくれた男の子がいましたよ」
「あら! 早くもアバンチュール?」
「いえ、普通に治療してくれただけですよ。確かこの近所に住む瀬戸類という子です」
「えっ、類君?」
「ご存知でした?」
「ええ、彼は瀬戸グループっていう大会社の御曹司。性格良し、スタイル良し、お金持ちで可愛いジャニーズ系とご近所のアイドル的存在なのよ。私自身も何回か世間話したことあるけど感じ良かったわ。貴女もまた凄い相手を見初めたわね?」
「見初めるも何も、ほとんど何もしゃべってないんですけど」
「まあまあ、照れない照れない。もしかしたら、運命の出会いってこともあるし、少し気にかけてあげたら? 貴女を助けて治療するくらいだから脈ありだと思うわよ。進展あったら報告宜しく。これは義務です」
玲奈の意味深なアドバイスと強制報告義務を聞き、ミラは少し戸惑いながら布団を被った。