すれ違い天使Lovers
武藤雪那
翌日、高校での臨時理事会があるという千尋と共に登校することにしたミラは、制服姿のまま橘邸へと足を運ぶ。八神家から橘家までは徒歩十五分ほどでわりと近い。
まだ見慣れぬ街並みを楽しみながらミラはアスファルトを歩く。すれ違う人々はそのモデルのようなスタイルと長い金髪に見とれている。視線を感じながらも歩いていると背後から声を掛けられ立ち止まった。
「もしかして、ミラさん?」
振り向くとそこには昨夜名前の上がった類が立っている。
「やっぱりミラさんだ。おはよう、びっくりしたよ。スーパーモデルが制服着て歩いているんだもん。もしかしてミラさんて人間転生した天使さん?」
「おはよう、瀬戸類。私は人間転生ではなく純粋な天使。今は人間姿と言って人間の姿をしているだけ」
「へえ、そうなんだ。いずれにしてもミラさんが元気そうで良かった。傷だらけのままで飛んで行ったから心配してたんだ」
「そう、心配してくれてありがとう。ごらんの通り大丈夫」
「うん、一安心。ところでその制服って緑明高校だよね? もしかして通ってるの?」
「ええ、今日から入学」
「ああ、惜しい! 僕は次の駅にある北高なんだよ。電車通学だよね?」
「今日は知人の方と車。明日以降は多分電車」
「そうか、じゃあ明日から一緒に通学しない?」
出会った早々、類の質問攻めに合いミラは戸惑う。
(これってもしかして口説いてきてるのかしら? 玲奈さん言う通り、学生生活をしているとこういう機会に巡り合うものなのか)
類は終始にこやかに微笑んでいる。
「分かった。今日は先約があるけど明日は電車で登校するわ」
「本当? ありがとう。じゃあ明日これくらいの時間に待ってるよ」
「分かったわ、じゃあまた明日」
笑顔で見送られるも、ミラは特段沸き起こる気持ちもなく橘邸に向かう。千尋に歓迎されつつリムジンの乗ると高校までの道のりを一緒に過ごす。
車内で振る舞われる紅茶を飲みつつ、千尋はレトとの思い出を語る。初めて会ったときに真剣に斬り合ったことや、玲奈の為にいつも命懸けで行動していたことを話す。
自分の知らない父親の言動に触れミラは嬉しくなる。玲奈から聞かされていた父親像とはまた違う思い出が語られ、ミラの中で新しい感情が芽生えた。一人天界に残され恨むこともあったが、地上で懸命に生きて愛したことを知り、父親のことを敬う気持ちが大きくなる。
学校に到着し別々のフロアに向かうと、女性担任に引率され教室へと向かう。廊下を曲がり二人の生徒とすれ違うと、一人の女子生徒が急いで引き返してくる。
「あ、あの、先生! こちらの生徒さんは?」
「転入生よ。八神ミラさん。八神玲司君のお姉さんよ。葛城さんも仲良くしてあげてね」
「えええー!」
美咲の驚愕の叫びを聞くもミラはすまし顔で過ごす。教室に入って自己紹介するとほとんどの生徒からは歓迎されているような雰囲気を感じるが、玲司だけは魂が抜けたような顔をしておりミラは複雑な表情になる。
天使の転入生ということもあり、クラスメイトのみならず他の学年からも一目見ようと人が集まる。天使自体はさして珍しいものでもないが、学生でかつモデルのごときスタイルと雰囲気に皆が惹きつけられていた。
この流れは放課後まで続き、辟易しつつもミラは淡々と丁寧に質問等に答える。一番多いのは彼氏がいるかどうかの質問だったが、居ないと知るなり口説いてくる者が後を絶たず、最終的には既に結婚しているという設定で押し通していた。
鬱陶しい男性勢をあらかた片付けると、前の座席に座る武藤雪那が笑顔で話し掛けてくる。担任のアドバイスによると困ったことがあれば学級委員長である武藤に相談すれば良いと言われた。
「美人さんは大変ね。それとも嬉しい悲鳴って感じかしら?」
そうのたまう雪那も綺麗な顔立ちをしており、日本人らしい清楚な雰囲気を醸し出している。
「転入初日でこんなに質問攻めに遭うとは思ってなかった。人間って大変なんだと実感してる」
「あはは、うん、人間でもこうはならないよ。こうなったの八神さんが綺麗すぎるからよ。男性なら誰もがみんな振り向くと思う」
誰もが振り向くと言われるも、玲司には全く相手にもされず疑問を感じる。
「武藤さん、一つ聞いていいかしら?」
「どうぞ」
「今、私を見て男性なら誰でも振り向くって言ったけど、振り向かない男性がいた場合、それはどんな要因が考えられる?」
「振り向かない男性。そうね、私も彼氏がいるわけじゃないからなんとも言えないけど、凄いラブラブ中なカップルの男性とか、特定の相手しか眼中にない人とか。極端な例だと、二次元にしか興味ない人とか、ロリコンとか同性愛者の人とか、マイノリティーに属している人なら八神さんを見てもときめかないかも」
(マイノリティー、なるほど。では玲司ももしかしたらそういう性癖の持ち主なのかもしれないな)
意見を聞き真剣に考え込むミラを雪那は冷静に見つめる。
「もしかして、八神さん、気になる人とかいる?」
「ん? いや、まあ気になると言えば気になるが、恋とかそういう感じではないかな。まだ知り合って間もないということもあって、お互いよく分からないと言ったところだな」
「そうなんだ。でも八神さんを振るような男性なんてまずいないと思うから、気になるんならどんどん思いきってアタックすべきよ」
「アタックか、わりと強力な攻撃を繰り出してはいるんだがな」
深夜の特訓を思い出しながらミラは語る。
「へえ、八神さんってわりと肉食系なのね。私も見習わなきゃね~」
「肉食? 私は肉よりは野菜の方が……、ん!」
急に顔つきが変わるミラを見て雪那も驚く。
「や、八神さん?」
「天使と悪魔が近くで戦っている。わりと近い、校内かもしれない」
「えっ」
「話の途中ですまないな。天使の本分を果たして来る」
席を立つと同時に人間姿を解き、全身が光に包まれる。次の瞬間、美しくも雄大な白い翼を持った制服姿の天使が現れ、教室中の生徒が歓声を上げた。目の前にいる雪那も目を丸くしている。天井を一瞥すると、ミラはまるでそこに何も無いかのようにすり抜け、瞬く間に上空へと飛び立つ。屋上よりも高い位置から校庭を見ると天使と悪魔に加え、玲司と美咲が並んで構えている姿が目に飛び込む。
(確かあれはデビルハーフの葛城美咲。千尋さんが一番気をつけるべき相手と言った人間。玲司とは前も一緒に居たところを見ると、そういう仲なのだろうか)
気づかれないように後方から戦局を眺めるも、美咲の圧倒的な具現化能力により悪魔達は一掃された。
(数のみならず一つ一つの質の高さ、葛城の具現化能力はかなりのものだ。おそらく一対一で戦った場合、私でも分が悪いだろう。それよりもあの纏わり付く黒いオーラ、彼女の近くに相当強い悪魔がいる可能性が高い。千尋さんの言う通り、かなり危険なヤツだな)
しばらく見つめていると、美咲は玲司に抱き付き嬉しそうな顔をしている。
(なるほど、やはり二人はそういう仲だったか。武藤さんの意見は当たってたな。しかし、相手があれでは玲司が危ない。悪魔の影響を強く受けてしまう恐れがある。どうにかしないとな)
戦闘後、玲司には当然ながら美咲にも気づかれることなく尾行を開始する。玲司の気持ちを考えると少し後ろめたい気持ちもあるが、保護という観点からも尾行を続行した。
その後は特に変わった様子はなく、玲司と美咲が駅で別れると八神家へ素早く戻る。帰宅すると学校での事を玲奈に問われ、楽しかったと答える。玲司が帰宅し夕飯後は早めの剣戟訓練を行う。ベンチでへばっている玲司を見て、ミラは気になっていることも含め話を切り出す。
「まだ休憩がいるのか? そんなことじゃ朝が来るぞ」
「いやいや、ホント今日は勘弁してくれ。夕方、悪魔討伐もあったんだぞ?」
「そうか、夕方以降、女とデートする元気はあっても、修行する元気はないのだな?」
反論できず黙り込んでいる玲司を確認すると、ミラは具現化した剣を消し隣に座る。
(彼女のことを悪く言われ、あまりいい顔はしないだろうが、言わねばならないな)
「あの葛城という人間、危険だから近づかない方がいい」
「えっ?」
「悪魔の匂いがする」
「はは、そんなことか。そりゃそうだよ。葛城さんはデビルハーフだから」
「いや、そういう意味ではなくて、まとわり付いているオーラというか雰囲気みたいなもんだな」
「ん? 具体的にどういうことなんだ?」
「そうだな、本人が本来持つ属性とは無関係の属性が外的要因によって影響を受けている、と言った感じだ」
「つまり、葛城さんの周りに悪魔がいるってことか?」
「そうだ」
「それってヤバイのか? 天使系の属性ならまだしも、本人も半分悪魔の血が流れてるのに悪魔の影響なんて皆無だろ」
「玲司は勘違いしてるな。基本属性と本人の行動理念は別だぞ。今日学校での戦闘を見ていたが、葛城は天使側に付いて戦った。それは玲司が天使側の人間で葛城が玲司を好いていたからだ。これがもし私ならば、葛城は悪魔側に加担していただろう。極端な言い方をすれば、葛城の周囲に天使系統の知人ばかり居たなら、葛城の基本属性が悪魔であろうと行動理念は天使系になる。現状は逆っぽいがな」
「つまり、葛城さんが天使を忌み嫌う理由は、父親を天使に殺されたこと以外に彼女を取り巻く環境が大きい、ということだな?」
「そういうことだ。そんな葛城と一緒にいれば、当然ながら玲司も悪魔の影響を受ける。ゆえに、近づかない方が良いという結論だ」
「逆説的に言うと、環境次第で彼女の思想を変えることができるってことだよな?」
「そうなるな」
笑顔になる玲司を見てミラは忠告する。
「玲司が今何を考えているのか想像は付くが一つ言っておく。行動理念については先に言った通りだが、所詮、悪魔は悪魔であり、天使は天使だ。それだけは忘れないでおいた方がいい」
玲司は意味深な言葉に反論しようとしたが、真剣な目つきのミラを見てその言葉を飲み込んでいた。