すれ違い天使Lovers
成就しない恋

 夕方、伯母の愛里と並び煎餅を食べながら水戸黄門を見ていると、自宅の電話がけたたましく鳴った。玲奈はパートに出ており、愛里は渋々と言った感じで受話器を取る。最初は面倒臭そうに対応していたが、内容を聞くと直ぐにミラの方を向く。
「ミーちゃん、緊急事態! レイちゃんが戦闘中みたいなの! すぐ千尋ちゃんの家に向って!」
 愛里の声を聞いた瞬間顔つきが厳しくなり、素早く天使化するとミラは橘邸に飛ぶ。十秒もしないうちに到着すると、中庭のテーブルで集まっている天使の側に降りる。目が合うと相手の方から挨拶を交わされた。
「お久しぶりですね。ミラさん」
「プリメーラさん。お久しぶりです」
「聞きましたよ、玲奈さんの娘さんになったとか。とても良い判断でしたね」
「ありがとうございます」
「私は玲奈さんとレトさんの旧友。人間転生タイプの天使です」
「そうなんですか、宜しくお願いします」
 丁寧な挨拶を交わしていると千尋が割り込んでくる。
「挨拶はその辺りでお願いします。さっそくですが討伐会議です。敵の数が正確には分かりませんが、葛城美咲の力量を知った上で奇襲がかかったことから、相当強力な悪魔が当該マンションにいると推察されます」
 広げた地図を指差しながら千尋は語る。
「場所は飛行してここから約一分。普通の悪魔ならばレイちゃんの敵ではありませんが、葛城美咲絡みとなると何が起きるか分かりません。皆様、十分気を付けて下さい」
 ここで天使化した恵留奈であるエレーナが手を挙げる。
「千尋。敵が天使だった場合はいかように? 葛城はエンジェルバスター。天使ともめての案件ならば、我々の戦う道理がありません」
「現場で天使絡みと判断された場合、エレーナ様たちは速やかに退避して下さい」
「玲司がピンチでもか?」
 ミラが割って入りエレーナがミラを見る。
「その場合、私がサポートに入ります。ミラさんは自重なされますように。前回の件、お忘れではありませんね?」
 千尋の計らいによって降臨したての頃の懲戒処分を減免されておりミラも渋々頷く。
「では、まず現場に飛びましょう。離れた位置から目標を確認。そこで改めて指示致します」
 指示と共に三人の天使と千尋は高速飛行でマンション手前まで飛ぶ。当該マンションの最上階から煙があがっており場所は簡単に特定される。煙の先には悪魔らしき人物が見てとれ、千尋は凝視する。
「まずいですね。アレ、魔王バアルです。十年前の大戦で見たので間違いないです」
「昔、仲間だったサマエル葛城と同レベルということですね。どうします、千尋?」
 エレーナの問いに千尋は少し考えてから答える。
「二つ、いえ、三つに部隊を分けましょう。恐らくレイちゃんと葛城美咲は負傷しているはず。回復をエレーナ様。そのための陽動をミラさん。陽動二部をプリメーラ様。奇襲を私が執り行います。どうにかしてバアルをベランダの外に出してください。飛べない私が上空より奇襲します。私が地面に落下する前に手の空いている方が私を空中でキャッチして下さい。奇襲まで私は完全に気配を絶ち、屋上にて待機しております。何か質問は?」
 千尋の作戦を聞いて三人共首を横に振る。
「では、作戦開始!」
 号令を聞くと三人はそれぞれの配置を独自に判断し飛んで行く。美咲の部屋に最初に着いたミラは、玲司の右腕が斬られた瞬間、怒りが最高潮になり即座に斬りかかる。
「よくも私の家族を傷つけてくれたな。お前は絶対許さん! 覚悟しろ!」
 ミラが攻撃したのと同時にエレーナが倒れた二人のガードに入って回復作業に入る。
「中級天使ふぜいがぞろぞろと、無駄なことを。ベランダの外にもお仲間がいるんでしょう?」
 バアルの声で上空よりプリメーラが降りてくる。
「天使が三人。それだけで私を倒せるとでも?」
(千尋さんのことがバレてない! チャンスだ!)
 剣を構え対峙していると、バアルは人間姿を解きは一瞬で剣を作りミラに斬りかかる。そのスピードに押されミラは玄関のドアを突き破り廊下まで吹っ飛ばされる。
(コイツ、相当強い! しかし、これで私はフリーだ。ベランダの外に!)
 壁抜けしバレないようにベランダ側に回り込むと、ちょうど千尋が上空より斬りかかりバアルを真っ二つにする。
(やった! さすが千尋さん!)
 マンションから落ちる千尋をキャッチすると、微笑みながら獅子王を納刀する。
「ナイスキャッチです。ミラさん」
「千尋さんこそ、見事な一振りでした」
「ありがとう。早く葛城美咲の部屋に向いましょう。二人が心配です」
 急ぎ美咲の部屋に戻ると、エレーナとプリメーラが瀕死の二人を治療している。
「玲司! エレーナ、玲司は!?」
「非常に危険です。天使と違って傷が塞がっても血液がないと死んでしまう。千尋、救急病院の手配は済んでいますね?」
「はい」
「千尋とプリメーラはここの後始末と警戒。私とミラで二人を病院に搬送。いいですね?」
 エレーナの指示を受けミラは即座に両腕を拾うと玲司背負い高速飛行で病院へと向う。搬送先は天使省管轄の専門病院となり、天使や悪魔絡みで負傷したケースでは医療費等全てが無料となっている。緊急手術を無事に終えた頃には、八神家のみならず橘家の面々も集まり、玲司の病状を心配する。
 医師の説明によると、エレーナとプリメーラの治癒能力により一命は取りとめたものの、出血がひどく脳関係の後遺症や切断された神経等感覚のズレも今後出て来る可能性があるとのこと。あまりのショックで玲奈は気を失い、蘭と絢もその場で泣いてしまう。一方、美咲の方はバアルの斬撃が急所を外れており、エレーナ達の治療の甲斐もあり経過入院後、退院できると言われていた――――


――深夜、夕方からのもやもやが晴れず、美咲は玲司が眠る個室に向う。扉を開けると椅子に座るミラと目が合い、直ぐ廊下へ逃げる。しかし、壁抜けで先回りされ観念する。
「葛城さん、なんで逃げる。まさか、玲司にトドメを差しに来たのではないだろうな?」
「そんなわけない。心配で気になったのよ」
「なら、逃げることはない」
「逃げるわよ。私はリトに騙され玲司をこんな事件に巻き込み、ミラさんをも殺そうとした。会わせる顔なんてない」
「どういうことか、詳しく話を聞かせてくれるか?」
 ミラの問い掛けに美咲は素直に頷き、ベンチに座るとリトとのことや玲司の事を話す。
「結局、玲司の言う通りだった。私は死んだお父さんの意志と正反対のことをしてた。こうやって生きてることが恥ずかしい」
 ミラ自身、似たような境遇で同じように玲司たちと敵対していたことがあり、我が事のように思われる。
「私も、葛城さんと同じだ」
「えっ?」
「父を八神家に取られたと勘違いし、二人を殺そうとした。そんな私を救ってくれたのもまた二人だった。私はこれから先、貰った恩を返すためにも八神家の一員としても支えて行くつもりだ。それが自分の過ちに対する向き合い方だと思っているからな」
「ミラさん……、貴女強いのね。私は無理。玲司に救って貰っておいて最低だけど、弱い自分を好きな人には見せられない。私は玲司の前から消えるわ」
「葛城さん」
「止めても無駄だから。私は、エンジェルバスター美咲は死んだの。もう、貴女たちの前には現れない」
 決意に満ちたその横顔からミラは何も言えない。しばらくの沈黙の後、美咲は思いついたように口を開く。
「そうだ、消える前にミラさんに一つ良い事教えてあげる」
「なんだ?」
「玲司はね、ミラさんのこと好きだと思うよ」
 全く予想だにしていなかった言葉にミラは固まってしまう。
「今日の私への言動も、きっとミラさんを守るためだったと思う。穿った見方かもしれないけど私がエンジェルバスターのままだと、恋人状態が解消され別れたとき、一番危ないのは校内にいるミラさんだから、って感じでね。だからいつも私を天使側に引き込もうと説得してたんだと思う。純粋に私との恋人関係を円満にしたくてそう言ってた可能性もあるけど、恋人の部屋に来て恋人そっちのけでリトのこと聞いてた時点で答えは出てる」
 ミラは何て返していいかのか分からず、ただ黙って聞いている。
「実の姉弟ってことだから、先のない恋になるかもしれないけど、好きって気持ち自体は尊重されるべきだと私は思う」
「葛城さん」
「なに?」
「先のない恋ってどういう意味?」
「えっ、そのまんまだよ。成就しない恋ってこと。だって、姉と弟なんでしょ? あっ、もしかして天界って制限無し!?」
「制限。つまり、この日本では姉と弟の関係は一緒にはなれない、そういうこと?」
「う、うん……、もしかして、私、言っちゃいけないこと言った?」
 黙りこむミラを見て美咲は悟る。
「ごめん、なんか最後に余計なこと言っちゃったね。でもね、さっき言った通り結婚はできないから、もしミラさんも玲司が好きなら、その点をちゃんと考慮して接して行かないと大変なことになる。ま、全てを敵に回してでも彼を求めるっていうのなら止めないけど。じゃあ、私はもう行くね。くれぐれも私は死んだ事にしておいてね」
 美咲が立ち去るとミラは病室に戻る。人工呼吸器を付けたまま眠る玲司を見て抑えていた感情が再燃してくる。
(いつからだろう、玲司を意識し始めたのは。玲司は家族となった日からいつも私を避けていて、私はそれが寂しくていつも目で追って気に入られようとしていた。今でも玲司からは家族の一員と思われている実感はない。けれど、私をかばって特攻してくれたり、私の為に葛城さんを改心させようとしていたなんて……)
 玲司の寝顔を見ていると心配する気持ちと同時に愛しい気持ちが沸いてくる。
(葛城さんの言うことを鵜呑みにはできないけど、もし玲司が私をそういうふうに見てくれていたとしたら、私は喜ぶべきなのだろうか? 嬉しくはあるが、正直どうしていいか分らない。なにより成就しない恋。考えるだけ無駄というものだ……)
 椅子に座るとミラは再び自分の感情に蓋をする。人工呼吸器の音だけが静かな室内に響いていた。
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