すれ違い天使Lovers
抑えられない気持ち

 二ヵ月後、退院の前夜。ミラと玲司は笑顔で話す。ミラはこの二ヶ月間付きっ切りで看病し、玲司との距離は急速に縮まっていた。呼び方も『玲司』から『レイ君』へと変化し、話し方自体柔らかく優しい感じになっている。並んでテレビを見ながら玲司は語る。
「とうとうこの生活ともおさらばだな。ホント退屈な二ヶ月だったわ」
「怪我人なんだから当たり前でしょ?」
「まあ、そうなんだけど。ホント、二ヶ月間、二十四時間、ずっと側にいたよな? 刑務所でもこの監視レベルはないわ」
「監視って、人聞き悪いな。私が居なかったらレイ君何もできない時期があったでしょ?」
「まあ、そりゃ有り難かったし感謝してるよ。けど、二十四時間は居過ぎじゃねえか? 家に帰り辛かったとかそういう訳でもないんだろ?」
「うん」
(単純にいつもレイ君の側に居たかったなんて恥ずかしくて言えない)
「初めての家族ができて嬉しい気持ちは分かるけど、プライバシーというものもちゃんと考えてくれよ?」
「ん、私、迷惑だった?」
「いや、迷惑ではないけど……」
 視線を逸らす玲司を見てミラは思う。
(時たまレイ君は私と目線を逸らす。初めて会ったときからだけど、まだ私のことを受け入れられない部分があるんだろうな。ちょっと寂しいな……)
 玲司の気持ちを察し、特段興味もないテレビ画面に顔を向ける。タイミングがいいのか悪いのか、画面には人気女優とイケメン俳優のキスシーンが流れる。当然のごとくミラは玲司とのシーンを想像し、少し顔が赤くなる。
(レイ君とこんなふうになることは一生無いと分かっているだけに、余計に妄想が膨らんでしまう。ダメだな、私)
ボーっと画面を眺めているとベッドから聞こえてくる寝息に気が付く。玲司はいつの間のか寝ていたようだ。
「レイ君……」
 すやすや眠る玲司の顔を間近で見て、一瞬唇を重ねたくなる衝動に駆られる。
(ダメだ。一線を超えたら私自身それ以上抑えられなくなる。心も身体も……)
 布団を優しく掛けるとテレビ画面と室内の電灯を消し、眠る玲司を笑顔で見つめて続けていた――――


――翌日、橘邸での退院祝いパーティーを終え、久しぶりとなる八神家への帰路に着く。玲司は明確に嫌がっていたが、ミラにとってこの二ヶ月は夢のような一時であり、それが終わり明日から普通の生活に戻ることが少し寂しくもある。五人で夜道を歩きながらミラは複雑な想いに駆られ、玲司を呼び止める。
「レイ君」
「ん?」
「本当に私がこの輪の中に居ていいのか、自信がない」
「何言ってんだ? この話題は入院中に散々話しただろ?」
「そうなんだけど、こうやって幸せな気持ちになる度に不安な気持ちも沸いてくる。いつまで続くのか、とか」
「八神家に来て間もないからまだ不安になるんだろ。今までこういう経験がないから余計にそう思うのかもしれないけど、こればっかりは時間をかけて慣れるしかないのかもな」
「そうなのか。うん、分かった……」
(家族の間柄については、実はそんなに心配してない。本当は、レイ君といつまで微妙な距離感で接していけるかってこと……)
 黙っていると玲司が口を継ぐ。
「俺、あんまり上手く良いことは言えないけど、なんつーのか、今感じてる幸せを素直に喜べばいいんじゃないか? 今ある幸せを疑ってみたり気兼ねして幸せを拒否るなんて勿体ないだろ? 嬉しかったら単純に喜ぶ、それでいいんじゃねえかな? ま、俺が単純馬鹿なだけかもしれんが」
 ちょっと照れくさそうに語る玲司の横顔に、ミラの心は温かくなる。
(幸せ、か。確かに今こうやって側に居られるだけで、十分幸せなこと。そうだ、私は自然にレイ君と向き会えばいいんだ)
 玲司の思いやる言葉が嬉しくミラは呟く。
「幸せ」
「ん?」
「素直に言ってみた」
「訳わからんわ」
「あはは、ひどいな君は。レイ君に言われたから言ったのに」
「TPOをわきまえろ、TPOを」
「幸せの気兼ねはしたくないの。誰かさんの受け売りだけど」
「はいはい、言っとけ言っとけ」
「言います言います、私は幸せ」
 言葉通りミラの気兼ねない幸せ発言を受け二人で笑い合っていると、玲奈が割り込んでくる。
「楽しそうじゃないの。入院の一件からホント仲良くなったわね」
「普通だろ? 俺達は家族なんだし」
「そうです。家族です」
 玲司の言葉を受け家族発言をするも、内心引っかかる面もありミラの心は様々な感情が渦巻いていた。

< 27 / 35 >

この作品をシェア

pagetop