すれ違い天使Lovers
告白とクリスマスイヴ
玲司が退院した日から二週間が経過した冬休みのクリスマスイブ。ミラは類と街中を歩く。約束していた通学を無断で二ヶ月も反故にし、申し訳ない気持ちもありデートと承知の上で誘いを受けた。
家を出る前、デートと聞きテンションの高い愛里とは裏腹に、玲司は他人事のように冷めており少し寂しい気持ちになる。
(少しくらい引きとめたり、心配して欲しかったな……)
類をそっちのけで玲司の事を考えていると、気を遣いながら話し掛けてくる。
「あの、ミラさん」
「なに?」
「えっと、今日のデート、楽しくなかったですか? どこか上の空って感じだったので」
(それなりに楽しかったし、昼食も美味しかったし買い物も気分良く買えた。でも、やっぱりもの足りない)
「そんなことない。楽しかったわ」
「そうですか。あっ、ミラさん。帰る前にちょっと寄りたいところあるんですけど、いいですか?」
類が指定してきた場所は近所の神社でミラは不思議に思う。
(こんな人気のない神社に連れてきてどういうつもりかしら?)
夕日に照らされる神社を眺めていると、類が目の前に迫る。
「ミラさん」
「何?」
「初めて会ったときから好きでした! 付き合って下さい!」
デートを覚悟した日からある程度予想はしていたものの、神社の前で告白されるとは思わずちょっと焦る。
「ごめんなさい。好きな人いるから無理」
人間界に来てから幾度もなく使ってきたセリフを類の前でもきっぱり言う。類は分かりやすいくらいガックリ肩を落としうなだれる。
「気持ちは嬉しい。ありがとう」
フォローしてみるも類はしょんぼりしている。
(わりと交流があっただけに無下にもできないし。困ったわね)
困惑していると類が顔を上げる。
「ミラさん、この神社、覚えてますか?」
「ん? ごめんなさい。何かあるの?」
「はは、やっぱり忘れてたんだ。ここね、ミラさんが悪魔にやられて倒れてたところだよ。僕がミラさんと初めて手を握った場所。僕がミラさんに恋した場所」
類に語られミラは思いだす。
(そうか、葛城さんの魔域で瀕死になって倒れた場所だったのか。だからここで告白、か)
「ここで倒れているミラさんを見つけて、運命を感じた。前日にあんな出会い方をして、翌日また出会ったからね。でも、他に好きな人がいるんじゃ仕方ないね。大人しく引くよ」
「ごめんなさい、ありがとう」
「謝らないで。でも、ミラさん、変わったね?」
「えっ?」
留真や玲奈、類からも変わったと言われミラは戸惑う。
「初めて会ったときと比べて、雰囲気が柔らかくなったというか温かくなったというか。もちろん最初から美人だったけど、今はそれとは違う良さっていうのかな、一緒に居てホッとできる感じがする。もしかして、ミラさんの好きって言ってる相手の影響かな」
苦笑いしながら語る類の言葉で自然と玲司の顔が浮かぶ。
(もし変わったとしたならば、それはきっとレイ君のお陰だ。レイ君の存在が私を輝かせてくれている)
黙っていると類が左手を差し伸べる。
「左手の握手はさよならの握手。最後に握手して貰ってもいいかな?」
類の優しい別れ方を左手に感じ、ミラは神社を後にする。残された類の気持ちを考えると気の毒な想いにもなるが、自身の気持ちに嘘も吐けず気持ちを振りきり帰宅の途についた――――
――類との印象的なデートを過ごした翌日。橘邸でクリスマスパーティが開催される。当然ながらミラはクリスマスパーティーというイベント自体が初体験であり、綺麗なドレスをあてがわれるも照れくさく戸惑うばかりだ。玲司も普段とは違いお洒落なスーツを着用しており、ミラは改めて惚れ直す
ドレスアップしたせいもあり、ミラの周りには人が集まり転入初日のごとく質問攻めに遭い困り果てる。その様子に気付いた千尋に救出された頃には玲司は会場におらず。気になって邸内をうろうろする。
二階にある客間の前を通ると夜空を見上げている玲司を見つける。その後姿は月夜に照らされ美しくあるも、どこか寂しげで頼りなく見えた。
(レイ君……)
退院して以降、毎日剣戟の訓練をし向かい合い感じていたことだが、玲司の強さへの執着は目を見張るものがあった。それが美咲との一件に起因していることを知るがゆえに少し羨ましい部分もある。
家族の一員と認識されている感覚が強くあるものの、姉というカテゴリ以上の意識は向けられておらず日々、仲の良い姉弟を演じることに辛さを感じるときがしばしば存在する。
事実、急遽家族とされ一緒に住み始めた存在である玲司を弟と言われても全く実感はなく、一人の男性としか見れないことが多い。
この事は玲司本人の前ではもちろんのこと誰にも言えないことだが、玲奈だけがその事実を知っており、玲奈を困らせ裏切らないためにも想いを形にする訳にはいかない。ただ、そう自分に言い聞かせるてみるも、ミラの中で確実に玲司への想いが増幅し耐え難いものになりつつもあった。
月を見上げながら独り言をつぶやいている玲司を見てミラは扉を開けず、壁抜けでこっそり部屋に侵入する。気配を消して真横に座ると、驚いて顔をして玲司は振り向く。
「び、びっくりさせるなよ! ドア開けずに壁抜けしてきただろ?」
「うん、レイ君驚かそうと思って。作戦成功」
(驚いた顔のレイ君、可愛い~)
クスクス笑っていると玲司が不満顔で口を開く。
「パーティーはどうしたんだよ? いろんなところから引っ張りだこだっただろ?」
「うん、それが煩わしくて抜けてきた。レイ君こそ、なんでここに?」
「俺、人が多いところ嫌いなんだよ。気を遣うしな」
「同感、気疲れするよね」
「ああ」
玲司は頷くと黙って月を見上げる。
(やっぱりレイ君、カッコイイ。それでいて、側にいるとホッとできる。願わくばずっとこうして側に居たい……)
「落ち着く」
一言零すようにミラは呟く。
「レイ君の側が一番落ち着く。なんでだろ?」
ミラの問い掛けに考え込んだ後、玲司は口を開く。
「そんなの、家族だからに決まってんだろ?」
「うん、そうだね」
(家族だから、か。そうだよね……)
本音を悟られぬよう、すまし顔でミラは答える。
「あ、クリスマスと言えば、昨日瀬戸君とはどうだったんだ? イヴデートだったんだろ?」
「うん、普通」
「普通って。意味わからんわ」
「普通は普通よ。買い物してお茶して話して帰宅」
「えっ、それだけ?」
「うん。他に何か必要だった?」
「いや、まあ、いろいろと瀬戸君可哀想だなと」
「なんで?」
「クリスマスイヴって、天界では無関係のイベントなんだよな?」
「もちろん」
「世界では分からないけど、日本ではイヴってのは恋人達が仲良く過ごす日ってのが一般的なんだよ。あと、家族とかな。たぶん瀬戸君はイヴに賭けてたと思うぞ」
「なるほど、だから告白してきたのか」
「告白されたのか!? 返事は?」
「好きな人がいるからって断った」
(えっ、レイ君、焦ってる? もしかして嫉妬してくれてる?)
ドキドキしながらミラは玲司の言葉に耳を傾ける。
「そ、そうか。ちなみにそれがどんな人とか、教えてくれないよな?」
「好きな人?」
(言えるものなら、言いたい。貴方が好きだと……)
「天使よ。とても心の優しい人」
(私よりずっと天使らしく、優しい貴方)
「そうか、叶うといいな。その恋」
「うん、頑張ってみる」
(先のない恋愛。葛城さんの言った通りだった。頑張れないよ、これ以上……)
頑張って精一杯の笑顔を向けるも、心の中は締め付けられるようにズキズキと痛んでいた。