すれ違い天使Lovers
ミラ奪還作戦
――橘邸、玲奈が到着するやいなや千尋が作戦会議を始める。
「まず天界への順路ですが、通常の人間は出入り不可。ですが、天使の身体に触れた状態ならば侵入は可能でしょう。ゆえに共に戦ってくれる天使の確保が必要となってきます」
頷いたあと玲奈は補足するように語る。
「今確実に参戦してくれる天使は、エレーナとプリメーラの二人。人間の戦力としてはまず私と千尋ちゃんが確定として、レイや留真君を引き連れて行く天使があと二人は必要ってことね」
「千尋さんが確定のはいいとして、なんで母さんが確定なんだよ」
「私の心流が貴方たちよりも圧倒的だからよ」
あっさり言ってのけられ玲司は黙ってしまう。玲奈が先の大戦を含め悪魔討伐で大活躍したことを知っているゆえ反論ができない。
「あと二人か……」
留真が呟いていると訪問客が来たという報告を女中より受ける。名前を聞くと玲司のクラスメイトである雪那と分かる。
「クラスメイトの武藤さんが来たってさ。レイ、どうする?」
「どうするって、なんで俺に聞くんだよ? 橘邸の客だろ?」
「いや、レイに会いにきているらしいんだわ」
「なんで俺?」
「知るか、本人に聞けよ」
「分かったよ。ちょっと行って来る」
「エロいことすんなよ~」
「お前と一緒にすんな」
留真の軽口を交わしエントランスに向うと雪那が会釈する。
「俺に用って何? ちょっと今立て込んでるから手短にお願いしたいんだけど?」
「天界と一戦交えるとお聞きしたのですが、本当ですか?」
(こいつ、どこで聞いたんだ? ついさっき決めた案件なのに)
「誰から聞いた? 回答はそれによる」
「ナナリィです」
「えっ、ナナリィさんから? なんで?」
「ナナリィは私の元後輩です」
「それって、つまり」
「私も天使ですよ。かなり見破られ難い部類ですが」
突然の告白に玲司は心底驚いている。
「見破られ難いってことは、誰にも知られていないってこと?」
「そうなりますね。カテゴリでは人間転生に入りますが、人間姿とも取れる感じでしょうか。純粋な人間転生とは違い、意識は人間時も天使時も同じになります。上級天使からの転生だとこのような身になります」
「そうだったのか、びっくりした」
「私のことはともかく、一戦の話は本当ですか?」
「本当だよ。俺たちはミラを取り返しに行く」
「無謀としか言いようがないですね」
「承知だよ。止めに来たのなら無駄だけど?」
「止めるだなんてとんでもない。ミラさん一人のために天界と全面戦争だなんてメルヘンチックで素敵じゃない。ロミオとジュリエットって感じ」
天使とは思えないような発言に玲司はちょっと引く。
「メルヘンかどうかは別にして、俺たちは真剣にミラの奪還を目指してる。邪魔はしないでくれよ?」
「邪魔? それどころか参戦希望なんだけど?」
「えっ? マジで?」
「ええ。ナナリィも参加希望なんで宜しく」
「ナナリィさんまで? 話が上手すぎて怖いわ」
「八神君がどう思おうと勝手だけど、天使が二人増えたくらいじゃ大勢に影響はないわよ?」
「ああ、それを含め今作戦会議中だよ。一緒に来てくれ」
雪那を連れて部屋に戻ると既にナナリィが会議の輪に加わっており、雪那の説明が不要だと悟る。
「皆さんが集まったところで、作戦について再確認させて頂きます。まず部隊編成。ナナリィ&レイ、一組。エレーナ&玲奈、二組。プリシラ&留真、三組。雪那&千尋、四組。ミラさんの居場所はナナリィさんから聞いて分かったように、天界西区の居住エリア。普通に住んでいるとのことなので、奪還自体は容易。奪還は居場所を知っている一組。二組は一組の補佐。三、四組は陽動。突入順は陽動、補佐、奪還。ミラさんを奪還後は速やかに地上へ逃げる。敵対する天使とは専守防衛で、決して殺害しないこと。目的はあくまで奪還ということをお忘れなく。ここまでで質問のある方は挙手でお願いします」
千尋の仕切りに誰も口を挟まず、黙って聞いている。
「質問が無いようなので次に行きます。対天使戦についてですが、天使対天使では互いにダメージはありません。これは光集束も同じです。ゆえに天使勢は人間組のサポートに徹して下さい。人間組の物理攻撃のみで戦闘を組み立てて行きます。逆に敵対する天使勢も人間組へは物理攻撃を繰り出してくることが考えられますので、人間組はその点注意して下さい」
ここで雪那が手をあげる。
「私の特殊能力は天使にも利きますけど、お伝えした方が宜しいですか?」
「お願いします」
「半径一キロの生物を強制的に眠らすことができます」
無茶苦茶な能力を聞き、全員が驚く。
「そ、それは凄いですね。助かります」
「敵味方関係なくですが宜しいですか?」
「陽動部隊は、その円に入らないようにすればいいでしょう。もしかして、部隊編成で側にいる私も対象ですか?」
「はい」
「では、天界においては雪那さんだけ別行動ということでお願いします。一騎当千ですからね」」
「分かりました」
「他になにか作戦について意見のある方は?」
誰からも手は上がらず千尋は頷く。
「では、私から報告等を。今回の件について、まず天使省経由で天界に抗議しましたが、あっさり蹴られました。天界の方針に人間如きが口出しするな、と言ったところでしょう。交渉については過去にお世話になった、大天使ハニエル様と繋がることができればあるいは、と考えていましたが所在不明により連絡は取れません。地上に関わることでしたら天使省とパイプのある私たちがいくらでも交渉できるんですが、天界の領域となるとまだまだ難しいのが現状です。奪還作戦についてですが、私たち以外のデビルバスターや天使で、協力可能な人材の募集をかけましたが無しのつぶてです。まあ、天界と事を構えても良いなんて喜々としていう天使がなかなか居ないのは当然ですが」
ここでまた雪那が手を上げる。
「私の知り合いに、とても強い天使がおりますが、協力を仰いでみましょうか? かなり気まぐれで動くとは思えませんが」
「是非お願いします」
「では、ちょっと行ってきます。ちなみに出立時間は何時ですか?」
「今から一時間後の午後五時の予定です」
「分かりました。それまでには」
雪那が部屋を後にすると以降は邸宅内での自由行動となり、玲司と留真は庭で立ち合いの稽古を始める。
「おい、レイ。お前カッコイイな」
「何が?」
「囚われた姫を救うために命懸けで、勝算の薄い戦いに臨むなんて、よっ!」
話しながら斬り込むも玲司は余裕で避ける。
「勝算なんて端から考えてねえよ」
「家族だから、か?」
留真の言葉に玲司は考え込む。いつもなら即答するはずなので留真も訝しがる。
「なあ留真、もしかしたら、お前とこうやって刀を交えるのも最後かもしれないんだな」
「俺はとっくにそう思って覚悟を決めてるが何か?」
「じゃあ言っとくわ。ナナリィ経由でミラから手紙が来ててな。アイツ、俺のこと好きだったんだと。で、俺もアイツがずっと好きだった」
「言う相手が俺じゃなくね?」
「いや、単に留真に自慢したかっただけ」
「今すぐぶった斬ってやろうかこの野郎!」
マジギレする留真を見て玲司は爆笑する。
「ったく、こんな戦を前にして緊張感のないヤツだな。先の大戦なんて目じゃない難易度だぞ?」
「当時俺たちはまだ子供だったけどな。でも、大事な人を守る戦いって点では同じだ。俺はミラを取り戻す」
「実の姉で結婚できないのにか?」
「関係ない。ミラはミラだ」
「お熱きことで。せいぜい重度のシスコンにでもなってくれや。ま、そんな心配ができる状況を迎えられるか甚だ疑問だがな」
「重度のマザコンには言われたくないがな」
「ほう、大戦前に死にたいらしいな。このシスコン野郎」
「それはこっちのセリフだマザコン野郎」
本気で斬り合う二人を見ながら玲奈と恵留奈はのんびりお茶を飲む。
「ねえ、玲奈。なんでミラちゃんのためにここまでするの? 別に戦うのが嫌とかじゃないけど、気になってね」
「単純に娘だから」
「アンタとは全然血の繋がり無いじゃん」
「レイとは繋がりがあるし、レトの娘だもの。私の娘と同義よ」
「相変わらず頑固というか、お人よしというか、玲奈らしいわ」
「褒め言葉として受け取っておくわ。恵留奈こそ、良かったの? 千尋ちゃんや留真君まで参戦させちゃって」
「ああ、大丈夫大丈夫。アタシらが全員死んでも蘭と絢がちゃんと橘家を守って行くって。まだ小さくて頼りないけど、侍魂はしっかり受け継いでるからね~」
「縁起でもないこと言わない。今回はエレーナじゃなくて私メインの戦いなんだし、私が命に変えても守るわ」
玲奈の確固たる決意を聞いて恵留奈は力強く頷く。その二人からちょっと離れたところで千尋は誰かと電話をしている。協力者や捜している人物が見つからないかギリギリまで交渉を続けていた――――
――五時、出陣の時間が来ると同時に雪那は戻るも協力を取り付けることが叶わず、千尋の調査も成果無く終わる。
「結局、当初のメンバーということになりましたが、少数精鋭とも言える布陣です。恐れることなく参りましょう」
千尋の檄で全員が頷く。
「では、陽動の私たち四組が先陣を切ります。間髪を入れず三組が追加陽動、その後一組でミラちゃんを救出です。二組は一組のフォロー。作戦開始!」
号令と同時に天使化したセツナが千尋を背負い飛んで行く。すかさずその後を留真を背負ったプリシラが追う。残された玲奈は玲司に向う。
「レイ、何があってもミラも救うのよ? いいわね?」
「分かってる」
「こんなときに言うのもなんだけど、貴方いい男になったわね」
「ホント何言ってんだよ」
「ううん、貴方を誇りに思う。さあ、もう行きなさい。フォローは私とエレーナがするから」
「分かった。母さんも気を付けて」
「ええ」
ナナリィの背に乗ると高速スピードで天界へと飛んで行く。その後姿を玲奈は頼もしげな瞳で見つめていた。