すれ違い天使Lovers
玲司とミラ

 天界に到着すると大勢の天使が道に倒れている姿が目に入る。よく見るとすやすやと寝ているようで、これが誰の仕業かが容易に想像できた。
「ナナリィさん、西の居住エリアに急ごう。おそらく陽動は天界全域に知れ渡っているはずだ」
「分かりました、ここからだとすぐですわ」
 再度背に乗るとナナリィは高速飛行で西へ飛ぶ。飛行中に見下ろす美しい天界に心奪われる気分になるも、玲司は気持ちを切り替えて前を向く。
 数分程で居住エリアの手前まで来ると建物の陰に隠れて様子を伺う。天界に侵入者が現れたことはこのエリアにも通達が来ており、子供たちが避難を開始していた。女性と言えど大人の天使は武装を開始しており、玲司は緊張する。
「ミラの住居はどの辺り?」
「すぐその先の住居です。誰もいなければ会えると思います。ちょっと見てきます」
 ナナリィが通りに出て間もなく、引き返しOKのサインを出している。走って当該の建物に入るとミラが驚愕の表情をして玲司を見ていた。数週間前に見たときと同じく、純白のスカートと綺麗なブロンドが印象的で輝いて見える。
「ミラ」
「レ、レイ君!?」
「約束通り、連れ去りにきた」
「バ、バカ者が! 自分が今何をしているのか分かっているのか!?」
「当然だろ。大事な人を迎えにきたんだ。何かおかしなことしてるか?」
 玲司の言葉にミラは返す言葉もなく立ち尽くしており、ナナリィは扉の前で外を警戒している。
「ミラ、一緒に帰るぞ」
 玲司の言葉にミラは黙って首を横に振る。
「ミラ?」
「私は行けない。これ以上はレイ君に迷惑が……」
「あのな、この世で唯一迷惑かけていい相手が家族なんだよ! オマエ、まだそんな馬鹿なこと思ってんのか!」
 大声で怒鳴られミラは顔を歪める。
「ミラ、俺と一緒に家に帰ろう。みんなが待ってる」
 己の中で様々な気持ちが葛藤しているのか、黙ったままミラは苦悩している。そこへ痺れをきらしたようにナナリィが口を開く。
「玲司さん、ミラ、急がないと脱出できなくなりますわ!」
 ナナリィの急かされるもミラは決心が付かないように俯いている。その姿を見ると玲司は覚悟を決めて一歩踏み出しミラの両肩を掴む。
「ミラ、俺も君のことがずっと好きだった。俺と一緒に、俺の側に、ずっと居てくれないか?」
 玲司の告白を聞きミラは驚いた顔で見つめ返す。
「レ、レイ君?」
「大好きだよ、ミラ」
 セリフを聞いた瞬間、ミラは玲司に抱きつく。
「レイ君、レイ君! 私も大好き!」
「ミラ……」
 嬉し泣きしているミラを玲司は優しく抱きしめる。
「私、寂しかった。レイ君たちにもう二度と会えないと思うと心が引き裂かれるように。約束通り来て欲しいって思う気持ちとは裏腹に、そんなことは有り得ないと諦めている自分がいた。でも、レイ君は来てくれた。凄く凄く嬉しかった。しかも、大好きだなんて。私は幸せ者だ」
 強く抱きしめながらミラは語る。玲司も同じように抱きしめる。
「ミラ」
「レイ君」
 少し離れて見つめ合っているとナナリィが咳払いする。
「あの、ちょっとお二人さん? 私、ずっと待っているんですけど?」
 ナナリィの声にハッとして二人は急いで離れる。
「あのね、状況は全く変わってないの? むしろこれから脱出するのが困難なんですからね?」
 批難の眼差しを向けられ、二人は顔を赤くする。
「とにかく、今は人間界に戻ることに専念すること。ラブラブはその後で存分になされるがいい。いいですわね?」
 ナナリィの説教にただただ頷くしかない。二人の様子を確認するとナナリィは建物の外に出て警戒する。玲司も気持ちを切り替えて様子を窺う。ミラも戦闘準備のため鎧等の装備をし始めていた。窓から外の様子を窺っていると背後からミラが話し掛ける。
「レイ君」
「ん?」
「天界には何人で来たの?」
「俺を含め八人。母さんも千尋さんたちも来てる」
 その言葉でミラは申し訳ないような嬉しいような複雑な気持ちになる。
「ずいぶん無茶な特攻したのね」
「無茶だろうがなんだろうが、俺はミラとの約束を守るだけだからな。一部の気の迷いもなかった」
 玲司は背を向けたまま、あっさり言い切る。
「レイ君」
「何?」
「今、すっごく抱きつきたい」
「か、帰ってからな」
「うん」
 嬉しそうな声色を聞いて玲司も照れる。外を見ているとナナリィがOKサインを出す。
「よし、OKが出た。行こう!」
「待って」
「なんだよ」
「移動はナナリィの背か? 私の背か?」
「ん? ああ、そういう事な。もちろんミラの背を借りたい」
 ミラの微妙な嫉妬心を察し、玲司は即答する。ナナリィの先導に沿い玲司を背負ったミラも飛翔する。人気のない場所を選んで飛ぶが、狭い天界内では何人かの天使の目についてしまう。
気になりながらも飛行を続けていると、案の定一個小隊のパワーズが立ちふさがった。
「ナナリィ、どうする?」
「どうもこうも貴女を連れ出した時点で天使軍と全面戦争の覚悟ですわ」
「じゃあ、戦うということで」
 ミラは剣を具現化すると構えるが背後から玲司が制止する。
「ミラ、天使対天使じゃなんともならない。地上に降りて俺が戦う」
「いや、レイ君が危険過ぎるからダメ」
「おいおい、それじゃ俺居る意味ないんだけど?」
「意味? レイ君が背中にいるというだけで、私の力は何倍にもなる。心流が貰えるという意味以外にも、絶対に守らないといけない存在が側にいるということで限りなく強くなれる」
「ミラ」
「しっかり掴まってて」
 そう言った瞬間、高速で一団に突進し、そのまま逃げる。
「ナナリィ! 逃げるぞ!」
「戦うんじゃないのかよ」
「倒せない敵とは戦えないし、時間の無駄」
 飛行しつつ人間界へと続く天使門へと向っていると急に止まる。
「どうした、ミラ?」
「レイ君、どうすればいい?」
「どうって?」
「私たち以外、全員捕まっている。右正面の広場で捕縛されている」
 言われて見ると、広場の中央で六人が並んで座っている。
「母さん……」
「すまない、私はどうしていいかわからない。ただ、レイ君が命令してくれればその通りにする。一緒に死ねと言われれば喜んで死ぬ。ここに迎えに来てくれただけで私は一生分の幸せを得たと思ってるから」
「広場に、行ってくれ」
「死ぬことになるよ?」
「じゃあ一緒に死んでくれるか?」
「もちろん、喜んで」
 笑顔で返事をすると、ナナリィに目配せし広場へと飛翔した。

< 33 / 35 >

この作品をシェア

pagetop