すれ違い天使Lovers
二人のシルエット

 大勢の天使に囲まれる中、玲司とミラは降り立つ。玲司はミラを見つめ黙って右手を差し出すと、ミラも笑顔で握り手を繋ぐ。捕縛されている六人の前には指揮官と思われる銀髪の女性天使が厳しい顔をして二人を睨んでいる。
「お前がミランダ・ビュランダルか。そして八神玲司。ずいぶんと無茶苦茶なことをしたな。私は大天使ミカエル。現在の天界を主に変わり統べている」
 誰もが聞いた事のあるその名に玲司も気圧される。
「ここに居る六名よりも聞いたが、今回の目的はミランダ・ビュランダルを人間界に連れ戻すためとか、それは真実か?」
 玲司は目を逸らさず頷く。
「理由は?」
「俺の愛する人だから」
 きっぱり言い切る姿に、周りの天使のみならず捕縛されている六人も驚いている。
「愛ゆえの蛮行か。人間らしいな。しかし、人間が天界に侵入し暴れるなど言語道断の所業。どうなるか覚悟の上での狼藉か?」
「もちろん。既に死ぬ覚悟はできている」
「ここな六人と同じ事を言うのだな。ミランダ・ビュランダル、貴様も同じか?」
 ミカエルの言葉にミラも迷いなく頷く。
「そうか。では望み通り処刑にしよう。しかし、天界も法によって統治されている場所。魔界とは違い厳格な法により裁きを受けるが道理。その上で処刑としよう。ガブリエル、七大天使の判決を行う。緊急招集を」
 ミカエルの隣に立つガブリエルと呼ばれた天使が消えると、次の瞬間、広場に数人の天使が現れる。
「ん、ガブリエル。ルシフェルは?」
「所在不明」
「またか、仕方のないヤツ。ではこの六人の大天使により三度の決を取る。処刑に賛成の者は挙手」
 ミカエルの声に四人の手が上がる。反対はガブリエルとハニエルとなる。
「ガブリエル、反対の理由は?」
「愛ゆえ。愛以上に美しい感情もございますまい」
 ガブリエルは微笑みながら答える。
「ハニエル」
「ここな人間たちの過去の功績を鑑みれば、本件悪質なれど処刑までには至らぬと。本件鑑みて天使兵に実質的な被害もありますまい」
 過去に交流のあるハニエルは有り難いことに玲奈の味方をする。反対意見と賛成意見を交えた後、再度決を取るも票は変わらず二対四のまま動かない。
「では、最後の決を取る。賛成の者、挙手」
 玲司が緊張しながら見つめていると、三人の手が挙がる。
(ギリギリ同数! まだ分からない)
 息を飲んで見ているとミカエルが微笑む。
「同数の場合、統治している私の意見が優先される。つまり、処刑で決まりだ。処刑場へ連れて行け」
 ミカエルの号令で周りの天使が一斉に捕縛にかかる。
(くそ、ここまでか……)
 目を閉じて覚悟した瞬間、周りが静かになる。恐る恐る目を開けると飛び掛って来るはずの天使が全員固まっている。
(な、なんだこれ?)
 全く理解できない状況に混乱していると、上空より一人の天使が降りてくる。その背中には美咲を背負っていた。
(美咲!? なんで? っていうかあの天使は誰だ?)
 天使が降りるとミカエルが口を開く。
「ルシフェル、なんのつもりだ。戯れが過ぎるぞ!」
「野暮なことと野蛮なことが好かぬだけ。天使勢の周りだけ時を止めさせてもらった」
「まさかお前」
「処刑には反対。これで四対三、処刑は否決。何か問題はあるか?」
「くっ、決についてはいい。が、連れてきたあの悪魔人間はなんだ! 天界に悪魔を入れるなど言語道断!」
「美咲は我の妻だ。法に依ると、契りを交わした天使の親族ならば、大天使の特権により天界へ赴くことは可能。問題はなかろう」
「特権とは言え悪魔だぞ!」
「愛するという行為に、天使や悪魔と拘っている貴様の考えが古いのだ」
「ルシフェル!」
 ミカエルとルシフェルの口論を横目に美咲は捕縛されている全員の縄を斬っていく。解放が済むと美咲は玲司の前に来る。
「久しぶり、玲司。大丈夫?」
「大丈夫、助かった。でも、あのルシフェルって一体?」
「ん、私の彼よ」
「彼って、大天使の彼ってありえんわ」
「そんなこと言われてもね。リトとの一件以来、私も心を入れ替えたのよ。この救出で前回の貸し借り無しね?」
「ああ、ありがとう」
 美咲に礼を言うとミラの方を向く。ミラは突然の展開に動揺しているようだが、玲司を見てすぐ笑顔になる。玲奈たちも駆け寄り全員の無事を確認すると、すぐに天使門へ飛ぼうという話になる。しかし、再びミカエルが待ったをかける。
「待て! 人間や元々人間界に居た者は良い。しかし、ミランダ・ビュランダル。貴様は天界任務が本筋。人間界に行くは筋が通らぬぞ」
(そうだ、ミラは天界での任務がある。無理矢理というのはどのみち無理が……)
 玲司が焦っているとルシフェルが口を開く。
「ミカエル、いきなりでなんだが、ミランダ・ビュランダルの任務を天界から人間界とする、七大天使の緊急議決を執り行う。賛成の者、挙手!」
 ルシフェルの強行にミカエルは慌てるが時遅く、ミカエル以外の全員が挙手する。
「ミカエル、反対なり反論してもよいぞ」
「くっ、この状況では無理であろうが!」
 ミカエルも渋々手を挙げルシフェルはニヤリとする。
「全員一致で可決。ミランダ・ビュランダル、今日より人間界での任に当たるがよい。命を賭して励めよ」
 ルシフェルの言葉でミラのみならず周りの皆が歓声をあげる。
「謹んで、お受け致します。ルシフェル様」
「うむ、それと一つ別件で貴様に報告せねばならぬことがある。そこな八神玲司、八神玲奈もこちらに」
 訝しながらも三人はルシフェルの前に並んで立つ。
「天界では全く重要視もされず瑣末な件だが、美咲より聞き及び気になったゆえ申し伝える。貴様の父、レト・ビュランダルについてだが、レトが一度死に、転生復活を遂げたのは知っているな?」
 三人は当然のごとく頷く。
「うむ、改めて転生復活について説明するが、転生復活は記憶・技術・容姿、その全てを引き継いで生き返るもの。高い功績を上げた者、強力な能力を持つ者、主の恩赦を受けた者、かつ上級天使にしか許されぬ特別な儀式。この儀式は過去に死んだ者で、例え肉体が消滅していても復活できる点に意義がある。そして、当該レトも死後数ヶ月経って転生復活した」
 分かり切った説明をするルシフェルの言葉に三人はじっと耳を傾ける。
「我が何を言いたいのか思案しているな。安心しろ、ここからが本題だ。消滅した肉体は例え主でも再生できない。わざわざ遺体を保存したりもしないからな。つまり、転生復活に際に与えられる肉体は、復活する前の肉体と酷似しているが細胞レベルでは別物ということだ」
 ルシフェルの言葉を聞いても玲司とミラはピンと来ないが、玲奈はハッとする。
「八神玲奈は我の言わんとすることに気づいたか。二人のために噛み砕いて説明しよう。ミランダ・ビュランダルは転生復活前のレトと天使との間にできた子。八神玲司は転生復活後のレトと八神玲奈との間にできた子。前後のレトは肉体が違う。つまり、二人に血の繋がりなどないということだ」
 ここまで言われ玲司とミラは驚き顔を見合わせる。
「天界では取り立てて問題にもならぬ案件だが、人間界では重要な場合もあるらしいからな、一応報告しておく……」
 ルシフェルが言い終える前に玲司とミラは熱い抱擁を交わしている。
「コラ! レイ、ミラ! ルシフェル様の前で失礼でしょ! すいません、ルシフェル様」
「いいや、二人が幸せなら僕も嬉しいから、気にしないで、玲奈さん」
 小声で呟くルシフェルをよく見て玲奈は驚く。
「貴方は!」
「ご内密に」
「分かりました。ありがとう」
 玲奈も小声で感謝の念を伝える。
「では、我も戻ります。美咲、行きますよ」
 ルシフェルの声で美咲は背に乗り、人間界へと飛ぶ。その様を見送り振り返ると二人は未だに抱き合っている。
近づき玲司の頭を殴ると、苦しみながら我に返っている。
「痛ってーな、何すんだよ」
「とっとと帰るわよ、バカ息子。いつまでもここに居たら何言われるか分からない」
「分かったよ、ったく何も殴ることないだろうに……」
「何か文句でも?」
「いえ、何も」
 不満げな玲司を放置し、玲奈はエレーナの背に乗り人間界に降りて行く。続き千尋や留真も飛んで行き、玲司とミラが残される。二人っきりになり、急に照れが来るものの玲司から切り出す。
「帰ろうか、皆が待ってる家に」
「うん」
 ミラも少し照れているようで頬を赤く染めている。天使門の前に来るとミラは振り向く。
「半年以上も前の話だが、この門をくぐるとき、私は復讐心に駆られていた。なのに今この胸の中はたくさんの愛で満たされている。不思議であり、信じられない」
「俺も生きている間に天界に来るとか想像もしてなかったよ」
 苦笑いする玲司を見てミラもクスッと笑う。
「迎えに来てくれて、ありがとう、レイ君。私、貴方のことを愛しています」
「先に言われちまったな。俺もミラのこと愛してる。これからはずっと一緒だ」
 目線が重なると互いに正面から身を寄せ合い、抱きしめ口付けを交わす。ミラはそのまま空に飛び上がり天使門を通過する。包まれるような広大で真っ白な雲に映え、燦々と輝く太陽により二人のシルエットはキラキラといつまで光輝いていた。
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