すれ違い天使Lovers
転入生
一日中ボーッとしたまま授業を過ごし帰宅すると、金髪スーパーモデルがリビングのソファに座り緑茶を飲んでいる姿が目に入る。復讐心が消え気持ちが落ち着いたためか良く分からないが、穏やかな表情で水戸黄門の再放送を観ている。昨日からの出来事が現実と再認識され玲司は大きなため息をつく。
(女三対男一の状況でもキツかったのに今度は四対一。俺の青春は完全に終わったな)
リビングの入り口で立ち尽くしていると、ミラが立ち上がり近づいてくる。
「レイちゃん、おかえり。はいコレ、おかえりのうまい棒」
無表情でうまい棒サラミ味を渡され、この所業が誰に吹き込まれたのかが容易に想像つく。
「伯母さん、ミラに変なこと吹き込むの止めて下さい。俺、もう小学生じゃないんで」
「あは、ばれた? ミーちゃんと仲良くなって欲しくってさ」
(ミ、ミーちゃん……)
既に『ちゃん』づけにされており玲司はがっくりくる。
「レイちゃんもちゃんと『お姉ちゃん』って呼ばないとダメよ?」
「呼びません。俺にとってミラは一戦士的位置付けですし」
「あら、お母さん聞いた? レイちゃんとうとう反抗期からしら?」
「いやね、愛里。あれは急にお姉ちゃんが出来て照れてるだけよ。私たちのレイちゃんが反抗期だなんてあるわけないじゃない」
祖母の祥子が失笑しながら手を叩く姿を見て、玲司は反論する気も失せ自室へと向かう。いつもより割増で煩くなった夕飯を済ませ風呂から上がると、唯一安心出来る自室に引きこもる。携帯電話を見ると留真からのメールが届いており内容を確認する。
『スーパーモデルと一つ屋根の下。今夜はお楽しみですね。ニヤニヤ』
「野郎~、今からぶっ飛ばしに行ってやろうか」
メールを見て苛々していると扉がノックされる。
「どうぞ」
嫌な予感しかしないものの待ち受けていると、その予感通りにミラが顔を覗かせる。私服姿のせいもあってか威圧感はあまり感じられない。黙ったまま歩み寄ってくると玲司の前で立ち止まる。
「な、なんでしょうか?」
玲司が緊張しつつ問うとミラは表情のままポツリと言う。
「謝りにきた」
「えっ?」
「私の浅はかな行いについて、玲奈さんには昨日謝って許して貰った。でもレイちゃんにはまだ謝ってない上に、何も許して貰ってない」
「ああ、そんなこと。いいよ、もう。済んだことだしお互いに和解して納得した件だから。それよりその『レイちゃん』って呼び方、どうにかならない? こそばゆいんだけど」
「ん? 家族みんなはレイちゃんと呼んでいるのに、私だけ違う呼び名をしないといけないのか?」
「いや、母さんたちは生まれた時からそう呼ばれてるからあんまり違和感ないんだけど、昨日今日知り合った相手から『ちゃんづけ』は結構キツイものがある」
「なるほど。では、どう呼べばいい?」
「普通に玲司でいいよ」
「分かった。玲司」
「ちなみに、俺はミラのことをどう呼べばいい? 何かリクエストある?」
「ん? ミラでもミーちゃんでも何でも構わない。好きに呼べ」
「分かった。でもミーちゃんはねえな。そんな可愛いキャラじゃ……」
玲司が言い終わる前に具現化した剣を真剣な表情で突き付けられ言葉を失う。
「可愛いキャラがなんだって?」
「いえ、なんでもないです……」
「そうか、ならいい。これからは玲司の姉としてビシバシ教育して行くつもりだから覚悟しておけ。亡き父に代わり私が立派なデビルバスターに育ててやる」
(留真の予知メール凄いわ。スーパーモデルと一つ屋根の下、とても楽しい修行が始まりそうで、ゾッとする……)
今後の未来を悲観しつつ呆然としているとミラは口を開く。
「何ぼさっとしてる。今から公園で剣戟の稽古をするぞ。早く用意しろ」
「えっ? 俺、風呂上りなんだけど?」
「何か問題でもあるのか?」
有無を言わせないミラの甘いお誘いを受け、近所の公園で長時間に渡る熱い想いを交え帰宅した玲司は、心身共にボロボロになっていた――――
――翌日、深夜修行による心身の疲労で、朝一から机に打っ伏す玲司を見て留真はちょっかいを出して来る。
「ようレイ、昨夜はモデルと頑張り過ぎてヘロヘロって感じか?」
「ああ、激し過ぎて死にそうだよ」
「おお、大胆発言! 羨ましいね~」
「ははは、代われるもんなら激しく代わって貰いたいんだけどな~」
苦笑いしているところに美咲が大声で割り込んでくる。
「八神君!」
「は、はい。何か?」
「お姉さんの件、すいませんでした! 知らぬこととは言え殺そうとしてしまい、面目次第もないです」
「ああ、その件は済んだことだから気にしないで。たぶんミラも気にしてないと思うし」
「はい、ありがとうございます。今後ミラさんだけは天使抹殺リストから外しておきます」
「う、うん、出来たらその物騒なリスト自体抹殺して欲しいんだけど、無理は言わないよ」
「はい。ところで、あの、こ、こ、告白の……」
緊張しながら切り出してくる姿を見て、玲司は告白の返事を忘却していたことを悟る。
(ヤバッ、完全に忘れてた。ミラの件でごたごたしててそれどころじゃなかったし。どうしようか……)
返答に困っていると始業のベルが救いの手を差し伸べてくる。
「ごめん、授業始まるし、この件は放課後まで待ってくれる?」
「わ、分かりました」
緊張しつつ頭を下げると美咲は教室を後にし、留真も付いて出て行く。時間が稼げてホッとした瞬間、すぐ外の廊下で『ええー!』という美咲の驚く声がしビクッとなる。
(な、なんなんだ? 何かあったのか?)
訝しがるも始業前ということもあり我慢して席に座る。しばらくすると担任の女性教諭が一人の女子生徒と共に入室し教壇の前に立つ。その女子生徒を見た途端、男女共に驚きとも取れる声が上がる。
「今日からこのクラスに転入する、八神ミラさん。みんな仲良くするように。八神さん、挨拶」
「はじめまして、八神ミラと申します。宜しくお願いします」
礼儀正しく挨拶する美しいミラを見て男性陣は活気づくが、約一名の男子は気絶しそうなくらいの衝撃を受け半ば意識が飛び掛けていた。